視聴者の興奮冷めやらぬ中、先日最終回を迎えた『SK∞ エスケーエイト』。
オリジナル作品にしてパーフェクトな有終の美を飾ったと言え、今後の展開にも期待を高めざるを得ない作品になってくれたと思います。
今回の記事では作品のクライマックスに当たる10話~12話の物語について迫って行きます。作品同様に疾走感のある感想をお届けしますので、よろしければお付き合い下さいませ。
目次
第10話 言葉のいらないDAP
愛抱夢の想定外の奇襲により、一撃の元に再起不能になってしまったチェリー。自身の抱える想いを信じ抜いた彼の戦いは、望まぬ結末を迎えてしまうこととなりました。
残す一戦はMIYAの戦い。相対するは謎の帽子男 スネーク――その正体は愛之介に仕える秘書 菊池忠です。
かつて愛之介にスケートを教えたのは自分であると言い放つ彼の滑りは、現在の愛抱夢へと通ずるルーツを感じさせるものでした。その踊るような軽快な滑りは、日本代表候補であるMIYAの一切寄せ付けない練度を誇っています。
忠が今回のトーナメントに参戦したのは「愛之介にスケートをやめさせるため」。幼き頃にスケートの世界へと愛之介を導いてしまったこと。その清算のために、自分の手で愛之介のスケート人生を終わらせることこそが彼の目的でした。
使用人として人生を始めた忠は、幼き頃から自身が仕える主人のことを意識していたようです。故に彼は、子供ながらに恐怖に奮える愛之介に手を差し伸べようとしたのです。
子供が取れる人助けの方法など、さほど多くはありません。好きなものをあげる、好きなことを一緒に楽しむ。そういった"好き"に依存した尺度でしか物事を考えられないのが普通です。それが未来においてどのような価値観に結びつくかまで、考えることは不可能です。
その気持ちに準じて愛之介をスケートの世界に引き入れた忠は、過去の行いを酷く後悔しています。彼を救おうと一生懸命になったことが、結果として未来の彼の足かせになっている。愛之介の順風満帆な政治家人生に、不要なリスクを付与してしまったのは自分だと考えているようでした。
スケートというアウトローと隣り合わせのスポーツに興じること自体、格式高い家柄の人間にとってはマイナスイメージです。それにうつつを抜かしている時間が看過できぬようになれば、周りの人間も黙ってはいません。否が応でもスケートを取り上げようともするでしょう。
「私は…愛之介様に間違った選択肢を与えてしまった」
その時には忠も成長し、"やるべきこと"を優先する価値観が備わっています。だからこそ決して公の場で、愛之介の味方をすることはできません。たとえそれが愛之介に対する裏切りに繋がることだとしても、忠には神道家に仕える者としての責務がありました。
しかしその後も愛之介に協力する形で「S」の催行を取り仕切り、裏でスケートに身をやつす愛之介を止めることはありませんでした。「主君の命令は絶対である」という矜持と、それを分かった上で"裏切者"を利用しようとする愛之介の作為があったからでしょう。
ですがその中に、どこかで在りし日の愛之介への親愛や、彼に対する罪悪感が存在した。そして、どこかで彼が神道愛之介よりも愛抱夢を優先することはないと信じていた。だから忠は、限界に達するまで愛之介を止めることができなかったのだと思います。
「だから――」
政治家として窮地に立たされ、神道家その物の存続が危ぶまれる状況にあっても、なお愛抱夢としての幸福を追求する。
自分で自分をコントロールできなくなった愛之介を"現実"引き戻すために、菊池忠は罪過の清算を果たそうとしています。
「――勝って貴方からスケートを奪います」
スケートをやる理由なんて…
ランガとの差を痛感し、逃げるように「S」を後にした暦。
自分と周りとの差を認めている頭と、それでも同じ横並びで在りたいと思う心。
その2つの感情に折り合いをつけることができず、彼は狭間にあるジレンマの中で自分を責め続けていました。
挫折を乗り越えてスケートに関わり続けることを選んだ店長の言葉を否定したかと思えば、戻ってこいと優しさを向けてくれるMIYAの気持ちも拒絶する。諦めろと諭されても、諦める勇気はない。「S」に行く気はないのに、ボードを手離すことはできない。
そんな中途半端な自分への嫌悪感に打ちのめされている時、図らずして出会ったのが車を運転していた菊池忠でした。
初対面の少年をいきなりラブホテルに連れ込んで示談を要求する変態との邂逅は、レキの心に新たな光を宿しました(※忠は至って合理的な判断をしていると思うが、作風的にアウト。何故お湯を張った?)
忠は老婆心から、前途ある若者である暦にスケートはやめた方が良いと忠告します。ですが実際は暦のためではなく、自分のための言葉でしょう。誰にも言えない自分の中の感情を、言葉にして発散しておきたかったのかもしれません。
冷静かつ理路整然に。スケートが如何に危険で野蛮で人生に無意味なスポーツであるかを、暦に説いて行きます。その完成された論理は、1つの反論の余地さえ与えられないほど完璧なものでした。
「俺、馬鹿なんじゃねーの…。
上手いとか才能とかそんなの全然関係ねぇじゃん」
だからこそ暦には心の奥底から湧いてくる感情がありました。
自分の大好きなスケートを完膚なきまで否定されて、黙っていられるはずがありません。自分がスケートが大好きで続けている理由を、ひたすらまっすぐに目の前の見知らぬ男にぶつけて行く。その過程で、彼は自分が抱いている本当の気持ちに気が付いたのです。
「スケートをやる理由なんて1つしかないだろ」
こいつの弁には言い返せない。言い返せないから、感情で対応するしかない。そんな短絡的で頭が良いとは決して言えない行動にこそ、自分が蓋をしてしまっていた本音が表出するものです。
「楽しいからだ!!」
そのやり取りこそが、今の暦には最も必要なものだったのです。
忠が愛之介にスケートをやめさせるために積み上げた論理は、奇しくも喜屋武暦という1人のスケーターの窮地を救い出してしまいました。
「まったく…スケーターってのはどうして馬鹿ばかりなんだ」
そう独り言ちた忠の胸には、在りし日に愛之介と共に滑った日の記憶がフラッシュバック。暦のまっすぐな想いは忠の論理を突き破り、彼の心を確かに揺り動かしました。
「勝手にしろ」
きっと自分自身にも向けられたその言葉が、より幸福な結末を描き出す。その未来へ向かうための楔が、この時この場所で物語に穿たれました。ラブホテルだけど。
暦がいるから感じるんだ!
空いてしまった心の穴を埋めるために、暦のボードでスケートに興じるランガ。その彼の元に、復活した暦は現れました。
そしてそれこそが、今のランガに足りていなかったものその物です。ジョーとのビーフ中に一時的に取り戻した胸の高揚感は、暦がもたらしたものであったと初めて気付くことができました。
父を亡くしてスノーボードをやめてしまった経験も重なり、ここでランガは自分が「誰と滑るか」に重きを置いている人間だということを知ったのです。
自分にとってスケートと暦はセットであらなければならない。その真理を感じ取った時、「何故そうなのか」にも想いを馳せることができるもの。そしてそれは「暦が好きだから」という答えに繋がり、そこから転じて「暦の好きなところ」が彼の頭をいっぱいに満たして行きます。
「俺、最近なんで滑ってるのか分からなくなってたんだ。誰と滑っても、どこを滑っても。感じないんだ…何も」
本人が恥ずかしくなるような内容をあっけらかんとストレートに伝えて行けるところは、帰国子女ならではの強みでしょうか。しかしそれによって、2人の距離はわずかな時間でグッとまた縮まったように感じられました。
「でも今は違う。暦がいるから感じるんだ!楽しいって!」
人の気持ちを解きほぐすのはまっすぐな気持ち。抱えているだけで伝わらないものも、言葉に乗せれば相手に届く。それが乗った言葉には無限大の価値があります。
「俺も…同じこと思ってた。俺、お前ともっと滑りたい!明日も明後日も、ずーっとずーっと!」
そこに難しい言葉や長い説明は必要ない。ただ1回、互いの気持ちを確認し合えるやり取りがあれば、それだけで。あとは2人の中に交わされた気持ちが、言葉を交わさずとも語り合える関係性を生むはずです。
「俺たちのDAP、もう1つ付け足そうよ!」
「いいねぇ!」
スケートは∞。その気持ちを共有する2人だけの世界で。再び結ばれた彼らの絆はより強固なものとなって、これからの人生に掛け替えのない時間を生み出して行くことでしょう。
「アァイ❤に障害は付き物さぁ…。
それに…障害がある方が燃えるよね…」
なんだこいつ
第11話 キング VS ザコ
Dear
The Third Wheel
ランガとの関係を修復した暦に訪れた次の試練。それは、愛抱夢からの挑戦状でした。
トーナメントにはエントリーすらしていない無名の"ザコ"。実力的には明白な中、ただ「2人の仲を引き裂きたい」「パートナーがボロボロになる姿をランガに見せたい」という愛抱夢の私情によって用意された、理不尽な虐殺ショーです。
しかし「スケートは楽しい」、自身の続ける理由に気付いた暦は、その愛抱夢の申し出から逃げることを選びません。
彼にとっては今は最もスケートをやりたい時、そして恐怖を受け入れてはいけないと思っている時です。そのタイミングで"絶対に対戦してはいけない相手"からビーフの誘いが来てしまったことは、とても大きな不幸であったと思います。
ですが絶対に敵わない相手と戦うことは、今までにない自分を探す必要に駆られるということです。そしてそれは今の前向きさを持つ暦にとって、ある意味で後ろを押してくれる機会になったに違いありません。
物怖じせず猪突猛進する気でいる暦の姿は、「S」で時間を共にした仲間たちに"いつものレキ"が返ってきたことを証明する意味も孕んでいます。11話にして喜屋武暦を中心とした感情のうねりが、いよいよ全キャラクターを巻き込んで行く様が見られたように感じました。
各々がそれぞれの想いを抱えて、レキを送り出すことに決めたトーナメント当日。誰もがレキが勝てるとは思っていないような空気の中で、2人の戦いの火蓋は切って落とされます。
相対するは「S」のキング。そしてスノーと一緒にいなければ認知さえされていないであろう無名の"ザコ"。
イレギュラーによってもたらされた予定調和の舞台は、一世一代の番狂わせを巻き起こす場となりました。
こっちの方が楽しそうだ!
その力量差は、ビーフが始まった瞬間から誰の目にも明らかでした。
出だしからスピードでさえ全く追いつけず、レキは一度としてリードを取ることなくワンサイドゲームのまま敗北する。普通に戦ってもその未来は確定的と言えました。
しかし愛抱夢は最初からレースでの勝ちを望んでいません。あくまでもレキを再起不能にして、ランガに向かって見せつける。ランガにより自分に強い感情を向けてもらうために、必要なことだけを考えて愛抱夢は滑っています。
レース序盤から愛抱夢は得意のラブハッグを解放し、レキを沈めようと試みます。ただしラブハッグは原理さえ分かってしまえば、概ねはただの錯覚に過ぎません。大事なのは精神的な対策。それ徹底されていれば、レキであっても破ることは可能です。ちなみにラブハッグは劇中で一度も決まったことがありません。
とは言え今となっては周知された弱点を放置しておくほど、愛抱夢も慢心するタイプではありません。対策の対策をしっかりと施して、手加減抜きのラフプレーでレキを潰しにかかります。
レース面では力を抜いても圧勝できるからこそ、攻撃にのみ全力を注ぐことができる。そんな100%殺意にまみれた愛抱夢の滑りは、誰もが"ザコ"の身を案じてしまうほどに猟奇的なものでした。
「レキだってこのままじゃ終わらない」
やはりこんなビーフをさせるべきではなかったのかもしれない。仲間たちが一様にそんな表情を浮かべる中で、ただ1人ランガだけはレキを信じ続けています。
「約束したから…」
そしてそのランガの想いはレキに届く。
「こんな時あいつなら…ランガならどうしてた…!?」
数々の大番狂わせを演じ切り、道を切り拓いてきたランガ。その一部始終を最も近くで見届けてきたレキにも、彼と同じ戦いへの熱量が宿っていたのです。
「できるのか俺に…?」
愛抱夢に処刑場として選ばれた崖を目の前にして、レキは絶対に曲がり切れないスピードで加速します。
「いや…できるできないじゃない」
それは今までの彼では決して選ばなかったであろう、危険すぎる挑戦への扉。数々の経験と巡り合わせが折り重なることで、目の前に現れた成長のチャンス。それを掴み取る勇気を、この時レキは確かに掴んでいました。
「それに…こっちの方が楽しそうだ!」
スケートは楽しい。ただそれだけが滑る理由になった今のレキは、無難な選択など絶対にしません。
どんなに無謀な賭けであっても、ただ感情の趣くままに自身の身体とボードを滑走させます。
全く整備されていない、1つのミスが滑落に繋がる崖を笑顔で滑り降りるレキ。それはあの日、「俺はこえーよ」とランガを遠ざけたあの日の彼とはもう別人です。
「やっぱスケートって超楽しい!
俺の知らない楽しいが…まだまだ無限にあるんだ!」
自らの力で掴み取った奇跡の一幕。それによってもたらされた大いなる自信は、彼に今までと全く違うスケートの世界を見せました。まだまだ前を向いて突き進める。これからは皆と横並びの、1人のスケーターとして。レキの笑顔は、そんな未来への可能性を感じさせてくれるのです。
共に堕ちよう。僕らは――
崖を滑り降り、前に出たレキが真に狙っていた作戦。それは愛抱夢の滑走を妨害することでレース時間を延長、雨を呼び込んでボードの状態を劣悪化させることでした。
自身は雨天用のリールをボードに装着することでそのリスクを回避するという大博打。メカニック的な知識を併せ持つレキだからこそできる抜け道で愛抱夢を追い詰めました。彼のスケート愛は、こういった形でも戦いに活かされたのです。
チェリーを沈めた愛抱夢"のフルスイングキッス"(※キモすぎるネーミング)までも回避し、ノリにノッたレキの滑りに会場のボルテージは最高潮に。"キング"を無様に転倒させ、完璧な形で勝利をもぎ取ろうとしている"ザコ"。その夢物語に誰もが心を躍らせました。
「…僕は…君を…絶対に――」
今までになかった光景。思いもしなかった現実と、泥だらけになった美しい自分の姿。歓声を浴び続けてきた愛抱夢が、初めて周りから嘲笑される立場となった時。
「――許さないィィ!!」
今までに見せる素振りすらなかった凄まじい激情が、彼の胸を支配しました。
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないィ!!」
修羅となった愛抱夢の全力の走りは大胆かつエキサイティング。ただ速いのはもちろん、地の利を活かしたショートカットに障害物を粉砕してのロードメイクなど、今まで他のスケーターが見せてきたあらゆる手段を再現して"勝ち"に執着しました。
「この…クソザコがぁ!!」
愛抱夢にとっては決して許されるない最低の一幕。しかし外野にとってはこれ以上ないほど最高のシチュエーション。彼が激情に支配されればされるほど、その滑りと振る舞いは見る者の心を魅了して放しません。
レースは辛くも"キング"の勝利に終わりましたが、周囲の歓声は彼に降りかかることはありませんでした。誰も太刀打ちできなかった絶対王者に煮え湯を飲ませたのです。チャレンジャーが賞賛されるのは、当たり前のことでしょう。
「勝ったのは…僕だ…!――僕だ…!!」
勝って当たり前。歓声を浴びて当たり前。愛抱夢にとってスケートという遊びは、ただ無条件に自身を肯定してもらえる手段になり果てていたのかもしれない。この時そう考えさせられました。
さらに負けても最高の滑りをしたことを楽しんでいたレキと、勝って現状に満足できないでいる愛抱夢。2人の対照的な姿は、それを見ていた忠にも衝撃を与えていました。今までの自分の考えが間違っていたと、そう感じさせるほどに。
「僕の世界には…僕しかいない」
それはつまり、忠もまた神道愛之介と正しい接し方をできていなかったことを意味しています。周りの誰からも理解されず、求めているものを与えてもらえなかった愛之介は、ここまで孤独な戦いを余儀なくされ続けてきました。
「だが…すぐに2人になる」
そこに現れた自身を満足させてくれる力量を持ったスケーター。ようやく見つけた、分かり合えるかもしれないたった1人の相手。それに愛抱夢が希望を見出してしまうのは、無理もないことなのかもしれません。
「共に堕ちよう。僕らは、アダムとイヴになるんだから!」
「S」という自分が生み出した場でも絶対の名声を失ったことで、その相手への執着はより強くなる。愛抱夢、そして神道愛之介という感情の全てを向けられた馳河ランガ。スケーターとして本気で向き合う彼らの決勝戦。それを、最終回にて見届けて行きましょう。