5話を終えて全員の当番回が終了。第6話は全12話構成が主流である現代の1クールアニメにおいて、前半戦の終了に当たる1話です。
そんな禁忌其の陸「解放」は、巡り巡って再び阿以蘭丸にスポットが当たるストーリー。順当に各キャラもう1話ずつが与えられる構成と考えるのが自然ですが、とは言え単純に同じことを繰り返すだけではないのは想像に難くありません。
夭聖十訓でも最後に回されていた「解放」をここで早くも回収。その意味を考えながら執筆して行こうと思います。よろしければお付き合いください。
発展した5人の関係性
全員が1つ以上の愛著回収を終えたことで、人間界での自分たちの在り方も分かってきたように見える5人の夭聖たち。
最初は愛著集めのことも人間界での過ごし方も手探りだった彼らですが、様々な経験を経て各人に自信が付いてきたような雰囲気が感じられます。
個々人の精神的な成長はもちろんのこと、5人の関係性も明らかに発展。互いの個性を理解し合うところまで進んできているように思います。ただし焔とうるうのように確執が大きくなっているケースも無視はできず、良いことばかりとは言い切れないのが現状と言ったところです。
そんな様々な変化の中で、特に個人的な成長を感じさせてくれるのが今回活躍する阿以蘭丸です。
蘭丸は5人の仲で唯一全キャラクターのエピソードに絡んでおり、焔と樹果に関しては現場に帯同しているシーンも多くありました。今のところ最も多くの人間の愛著に触れ、その感情(※仲間たちのものも含む)に寄り添ってきた夭聖だと言えるでしょう。
相変わらずぼんやりしていて何を考えているのかよく分からないところはあるものの、感情表現も豊かになりコミュニケーション能力も向上したように思います。
他人との距離の詰め方という意味ではまだまだ難がありますが、ウェイター姿も様になっていて社会性もある程度は会得している様子。名刺の渡し方もスマートになりました(※当社比)今回の物語は胡散臭い企業で働く女性に、より胡散臭い名刺を渡すという皮肉が絵的にかなり面白かったですね。
夭聖界を取り巻く事情
第6話はその他にも夭聖界の事情が語られ、彼らが愛著を集める理由も初めて明白となりました。
半ば戦後のようなズタボロの状態の夭聖界を復興するために、必要なエネルギー「愛著」を集める。
それが彼らが最終的に成し遂げなければならない使命とのことでした。
話の過程で寶が愛著のことを「人間界でいうお金みたいなもの」と言っていたため、集めればそれで解決…という類いのものではないと解釈しておくこととしました。
集めた上でそれを正しく使う努力をすること。
そこまで含めて、初めて彼らの行いが意味を持つのかもしれません。
そもそも愛著は描写上では「人の負の感情をベースにしたもの」なので、劇物的な側面はあると考えた方が自然そうですね。
そしてその夭聖界の荒廃を招いた原因は、蘭丸が属する光輝族に深く関係があることも語られます。
現在は記憶を失っていますが、蘭丸の正体は光輝族のトップに立って事を成していた二英雄の一柱。その片割れが女王を裏切ったことが直接的な理由となり、夭聖界は壊滅の一途を辿ることとなりました。
その片割れとは誰なのかはアニメを通して見ていれば言うに及ばずと言ったところ。実は彼らのもう1つの大きな目的が、その存在を討伐することにあったのです(詳しい話を聞いているのは寶だけのようだが…)
そんな仇敵の捜索に、わざわざ記憶喪失の蘭丸を送り込む女王サイドの采配もなかなかのものです。現段階では定かではないものの、それだけ蘭丸の実力に信頼があるのか、はたまたそれがベストだと判断される理由があると予想して今後に備えておきたいところです。
さらに言えば5人の夭聖たちに女王側の真意は伝わっておらず、直接指令を受けている寶でさえその対応には懐疑的な始末。そして女王側も情報を隠匿していることを(それがバレることも含めて)承知した上で、彼らをコントロールしているようです。
物語終盤では女王も「過去を捨て闇に堕ちたか。ならば遠慮はいらん」と発言していることから、この時まで件のシリウスが完全悪だと断定されていたわけではないと捉えられるのも気がかりで。加えて女王と豊穣の2人でさえも、一枚岩ではなさそうな空気を醸しています。
今回提示された情報を総合すると、夭聖界を取り巻く事情には、想像以上の混迷があると考えられます。あと6話でまとまるんだろうか…?
かくして愛著を巡る夭聖たちの物語は次のステージへ。夭聖界の事情を巻き込んだよりディープな世界観に、禁忌其の陸からは触れて行くことになりました。
社会に心を蝕まれる女性 千佳
世界観が拡がっても、毎週1人の女性の人生がフィーチャーされるスタイルは継続。
今回蘭丸が出会ったのは、とあるブラック企業で重労働を押し付けられている女性 千佳でした。
胡散臭い健康グッズを取り扱う企業「ドリ~ム」に勤め、胡散臭いセミナーを開いて情報弱者から金を巻き上げる仕事に奔走する彼女。企業体質の方にかなり問題があるにも関わらず、営業ノルマもかなり厳しく設定されているようで、決して順調とは言えない社会生活の中にありました。
その上、直属の上司 地井はかなり悪辣なパワハラに手を染めている始末。「"すいません"じゃなくて"すみません"でしょ?」という台詞から、その性格の悪さが滲み渡ります。脚本のセンスを感じざるを得ません。
彼女が陥っている状況は、「こんな仕事辞めてしまえ」と10人中10人が口にすると言っても過言ではないものでしょう。しかし一度就職して正社員として働き出すと、「辞めても次があるかは分からない」という恐怖が付きまとい。その結果、多くの人が事なかれ主義に傾倒してしまうのも事実です。
半ば人を騙して利益を得るような会社であっても倒産しないのは、その中で身を粉にして働く人がいるからに他なりません。それが現実、多くの人が否を唱えても、それを肯定することでしか生きられない人もいるということです。
きっと千佳もその中の1人だったのでしょう。今回の物語では彼女の背景は語られていませんが、そうまでして今の会社を辞められない(辞めたくない)理由があったのかもしれません。そしてその理由が存在する人間に対し、一般論で正攻法を告げることにきっと意味はないのです。
見向きもされない犠牲者
千佳は身内のために打診した正当な休暇さえ取ることを許されず、そこで初めて退職を決意します。
しかし彼女のような自分に自信がなく押しに弱い人間は、簡単に妄言と暴言に惑わされてしまう。結局は上司の下劣な論法に飲み込まれる形で、退職さえも許されない地獄に身を落としてしまいました。
そうこうしている間に身体を壊した祖母が危篤状態に。居ても立ってもいられない状態に陥って初めて、彼女はその感情を露わにしました。
ですがそれさえも上司には全く聞き入れることはなく。「だってお祖母ちゃんだろ?親なら分かるけどさぁ」と一蹴され(視聴者のストレスがMAX)、その弁に抗うこともできずに仕事を続けてしまうのでした。
誰にとって誰が最も"大切な人"なのかは、当人たちにしか分からないことです。
"一般論"で言えば、祖父母の不幸が仕事を休んでまで対応すべきことかは、かなり意見が分かれることと思います。その後について直接的に稼働する必要がない、一親族に過ぎないからです。
それでも彼女にとって祖母がそれほどまでに大切な存在であったのなら。その想いは本来尊重されるべきです。
"社会性"や"一般論"に当てはめて考えてはいけない、個々人が抱える想いの形。それらを無視した対応をすることは、決して許されることではないはずです。
「こんな思いをしてまで働かなきゃいけない世の中なんて…生きて行く意味あるのかな…」
そこまで言われて、ここまでされて。それでも"社会性"の呪縛から逃れることができない。苦しい思いをして、それでも眼前の恐怖の解消を優先して動いてしまう。そんな人が世の中には大勢います。
逃げればいい。無視すればいい。立ち向かえばいい。口で言うのは簡単で、無関係の第三者は無責任に理想の解決策を他人に押し付けます。
「この先に行けば…お祖母ちゃんに会える…」
そんなことは自分でも分かっている。分かっていても、立ち上がれない。その自覚を持つ人ほど自己嫌悪で自分を傷つけて、最後には自分でも全く望んでいない結末に吸い込まれてしまう時があります。
「今…そばに行くからね…」
そして多くの人がその闇の中で、気付かないうちに命を落とす。
「どうしてこんなことを」「そこまで追い詰められていたのか」「自殺する人の気持ちが分からない」「死ぬなら1人で死んでくれ」
様々な社会の"一般論"はその現実を直視せず、その心を救い出すことを考えることさえしません。ただ自分には無関係のことだと心のどこかに思いながら、定められた日常を過ごすだけ。それがこの世の中の美徳される行為です。
けれど、そんな時にたった1人。
闇から救い上げてくれる人がそばにいてくれれば。
その声なき声に気付いて、そっと寄り添ってくれる"無関係の1人"が現れてくれれば。
最悪の結末だけは、簡単に変えられる。
閉ざされた未来を、拓いてあげることができる。
千佳を後ろから抱き止めた阿以蘭丸は、そんな闇を祓う1つの理想その物で。この社会にはびこるどうしようもない悪意に立ち向かう、希望の体現者となりました。
心に寄り添う者
第1話も同様でしたが、蘭丸は他の4人と比較すると、著しく依頼人とのコミュニケーションが少ない状態から愛著回収を行っている夭聖です。
会話ではなく、行動で依頼人との距離を詰めるところも相変わらず。またどちらも自殺遂行後(※蘭丸が来なければ死んでいた)の依頼人を抱き止めているところも類似しており、「依頼人を助けた」という意味では誰よりも活躍している夭聖だとも言えそうです。
正常な判断ができないまま死に片足を突っ込んだ女性と、それを助け出した少年。たとえそこに深い関係性がなかったとしても、千佳が本音を吐露するには十分すぎる心のやり取りがあったことと思います。
千佳が誰にも話せなかったこと・自分の恥を曝け出すのに、今の蘭丸は打って付けの相手でした。
自分の仕事ぶりにも、仕事内容にも、それから逃れられない自分自身にも。自分を取り巻く全てに嫌気が差していた千佳は、身内と会うことを避けてしまっていたようでした。
自分で自分を誇れない。今の自分の在り様が恥ずかしい。それらは誰から何を言われても、自分の心が納得できなければ決して払拭できない概念です。故にそれを仲の良い人に曝け出すことを、人はどうしても忌避してしまうものだと思います。
ですが悲しことに、それでも人は誰かからの言葉を求めてしまうものなのです。
心を病んでしまっている時ほど、心が他人からの無償の善意を欲しがって仕方がない。贅沢で身勝手な悩みと分かっていながらも、自分で自分を肯定する材料だけは他人に望む。それが人間という生き物だと思います。
今の自分を肯定するために、今の自分の心を否定してくれる。
そんな存在が現れることを、苦しむ全ての人たちが待っています。
「たとえどんな貴女でも、きっと喜んでくれる」
そんな誰もが求める一言を、的確に心の内に届けられるのが阿以蘭丸という夭聖でした。それができるからこそ、彼は光輝族の英雄となる器を持っていたのかもしれません。
どうせ花散る宿命なら、貴女の為に咲かせたい。誰よりものらりくらりとしながら、それでいて誰よりも情熱的にその想いを表現する。今できる最大の幸福を掴み取るため、蘭丸は此度の心象世界へと降り立ちます。
禁忌解放!愛!爛漫!
光輝の夭聖、蘭丸降臨!
信頼と裏切りと
蘭丸が降り立った空間は何も物が置かれておらず、完全なる白と黒にコントラストされた異様な世界でした。
過去に彼らが戦ってきた空間が愛著の持ち主の心の闇を体現していたものであることを思うと、この空虚の不気味さはより際立ちます。
そして鍵穴の先にあったのは、頭を地べたにつけて土下座する地井の姿です。今まで見せてきた高慢な態度とは打って変わって、自らが罵倒してきた千佳に過剰すぎるほどに平謝りし続けるのです。
部下にハラスメントをしてでも働き続けてきたのは、体調を崩した祖母の治療費を稼ぐためだった。彼が召喚した祖母の概念は、千佳と蘭丸にその知られざる物語を突きつけました。
千佳が祖母のために休暇を取ることを許可しなかったのは、逆に自分が祖母のために働き続けることを選んでいたからだ。
そう言わんばかりの論法で、卑劣にも蘭丸たちの心をかき回します。
自分が酷い目に遭わせられているからと言って、それを強いている相手に何の事情もないとは限らないのが世の常です。社会に所属する人間である以上は全ての人間に生きる理由と働く理由があり、時にその在り様はぶつかり合ってトラブルを生んでしまうものです。
今までの『F蘭』の物語は愛著の持ち主が絶対悪として描かれており、基本的には勧善懲悪の構造が貫かれている作品でした。つまり第6話は「悪しき者にも慮るべき事情があるかもしれない」ということが、初めて明確に描かれた一回となりました。
善意を踏み躙る者の末路
ただし実際は考慮すべき事情などあるわけでもなく、一連の流れは蘭丸に隙を作るために地井が演出したホラ話に過ぎません。悪徳企業で管理職にまで上り詰める人間ですから、この程度の嘘をつくことくらい平気でする。それは火を見るより明らかな事実でした。
ですが心優しき千佳はその弁を信じ、彼に報いを与えることを望みませんでした。それほどに情に厚く純粋な女性だったからこそ、嫌な仕事にも実直に臨み続けてしまったのでしょう。
チルカと名乗った謎のシリウスに挑発されながらも、蘭丸は依頼人の心の有り様を尊重し、武器を捨て地井への攻撃を中断。まんまと地井の罠にはまった形になり、蘭丸は丸腰の状態で敵の攻撃をダイレクトに浴びることになってしまいました。
どこまで卑劣で悪辣。相手が最も絆されるであろう作り話をでっち上げ、完全に有利な状況を生み出してからジワジワと相手を嬲り殺しにする。人の良心を利用して私腹を肥やす、最低最悪な人間の姿がそこにはありました。
一度は目の前の相手を信頼させて、同情を買った上でその善意をゴミのように裏切ること。それは自分に差し伸べてくれた手を振り払うばかりか、相手を小馬鹿にして嘲笑う行為です。
まして彼にその信頼を向けてくれているのは、自分が傷つけ追い詰めてきた相手です。傷付けられてきた側が自分の心をセーブしてまで、その想いを尊重しようとしてくれている。その善良性を犯すことがどれだけ多くのものを踏み躙る行為か。少し考えれば誰だって分かることです。
地井はその実感すら持つことができないところまで堕ちた人間だったということです。故に彼に一切の言い訳は許されず、二度と同情を得られるチャンスが回ってくることもない。その悪意ごと人間性を両断され、誰よりも惨めで愚かな人生を送らされて然るべきです。
蘭丸は今回、依頼人の意思を汲み取って一度は地井に向ける刃を収めました。しかし彼が本当にその選択に納得していたのかは、映像上では懐疑的に見ざるを得ないところがあります。
「オン マヤルタ ハリキラ」
だから蘭丸はあらかじめ地井が奇襲をかけて来ることにも、準備と対策を行なっていたのでしょう。彼は第1話でも消滅からのカウンターアタックで対象を追い詰めており、何らかの特殊技を有している(?)ようです。
「心根解錠!
聖母被昇天!!」
依頼人の心に寄り添う者として自分の意見や価値観を押し殺し、その前提の上で最も依頼人の理になる行動を想像して備えておく。
あらゆる状況において「貴女の心をお助け」できるように立ち回るその姿には、過去の英雄としての風格が表現されているようでした。
「GO TO…
HEAVEN――――――――!!」
誰よりも心と気持ちだけで依頼人と向き合い、相手の想いを一切裏切らずに信頼できる存在として最後まで振る舞う。たった1人のために全力を出し、その人だけの救世主になれる少年。阿以蘭丸の持つ底抜けな優しさは、視聴者たる我々の心にも届いています。
おわりに
二周目に入り物語的な展開も多く、テーマもより重々しくなった『Fairy蘭丸』。
謎ポエム発進マシーンと化していた天狼院シリウスもいよいよ蘭丸との直接的接触に踏み出し始め、彼の動向にもより大きな注目が集まります。光輝族二英雄の1人が彼であるのは現時点では疑いようがなく、その背景事情にもようやく目を配れるようになりました。
本来の名を捨て、自らを"チルカ"と位置づけた意味。そして蘭丸のことをベテルギウスと呼称する意味など、まだまだ謎が多いことに違いはなく。7話以降の彼の発言には、より注視して行きたいところです。
さらに今回で蘭丸が取った行動は、チルカ目線では過去の蘭丸との相違を感じさせるものだった様子。蘭丸が記憶を取り戻した時、これらの伏線がどのように繋がっていくのかも楽しみですね。
個人的には変身シーンと艶歌シーン、必殺技パートが一切カットされることなく、2周目もフルで劇中に取り入れられていることが非常に好印象でした。やっぱこれなくして『F蘭』は語れねぇ。これからもその勢いある路線を貫いて、最高の最終回まで辿り着いてほしいです。
より面白さを加速させていく『F蘭』の世界を、より密に楽しんで参りましょう。超感想エンタミアのはつでした。是非また次回の記事で!
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