掴んだ勝利の先で
両劇団の公演が終了。タイマンACTは超僅差でMANKAIカンパニーの勝利と相成りました。
ご都合主義と言えばそれまで。この結果は、前述してきた冬組の差別化戦略が功を奏したものと言うべきでしょう。
完全アウェイの舞台とは言え、劇場にはMANKAIカンパニー推しの観客も存在しているはず。そして冒頭で至が招いていたような、公平無私な観客も一定数は入っていると思われます。
中立に立つ人たちは、「芝居の凄さ」よりも「演目の面白さ」を重点的に見て良し悪しを決める傾向があります。
故に彼らはGOD座のような癖の強い劇団を必ずしも気に入るとは限りません。「凄かったけど…」という評価もまた、彼らに付きまとうものだと思います。
さらに丞という役者への固定ファン、GOD座に入れるつもりだったが丞の演技を支持する者の票もMANKAIカンパニーに流れたとすると、必ずしもGOD座が絶対優位とは言えない戦いではありました。
それはもちろん、「冬組がGOD座と競る芝居を体現できたら」という前提の上での話でした。冬組がハイクオリティの芝居を果たし得たからこそ、今回は浮動票の多くを手に入れて勝利を掴めたのです。
そしてその結果を持って証明される事実があります。
それは高遠丞のパートナーとして主演を務めた月岡紬は、決して彼から見劣りする役者ではなかったということ。
確かな実力者としてGOD座を打破する芝居を見せられる、確固たる力量を持つ役者であることがここに証明されました。
「神木坂さん、俺は一度、あなたの言葉で演劇の道を諦めました」
過去の挫折から連なる呪縛。神木坂レニによって付けられた心の傷は、千秋楽ギリギリまで紬の芝居に悪影響を与えました。少しでも何かがズレていれば、レニの思惑通りに紬は迷走したまま本番を迎えていたことと思います。
「あの時があったからこそ、今こうして大事なものを掴むことができた」
しかし彼はMANKAIカンパニー冬組という新しい居場所を得て、そこで掛け替えのない仲間たちに出会った。それだけではなく、親友と過去のわだかまりを払拭することもできた。結果として彼の人生は挫折を経験する前よりも、もっともっと良い方向へと進むこととなりました。
「だから…感謝してます」
その全てはレニの謀略が翻ってもたらされたもので。レニが冬組を潰そうと動かなければ、彼らが今ほどに強い絆を結ぶことはなかったかもしれません。乗り越える壁が目の前に立ちはだかったからこそ、勝ち取れた信頼と関係性が存在している。それを紬はよく理解しているようでした。
だから紬は決してレニの全てを否定しませんでした。恨み節も言わず、自分にはそれが必要なものだったと考えて、試練を与えてくれたレニに心から感謝できるまでの成長を見せてくれました。勝利の実感とは、彼のような人間にもそれほどの自信を与えるものなのです。
むろんレニから見れば、それはあまりにも痛烈すぎる皮肉そのもの。その場では軽くあしらってはいたものの、内心はとても穏やかなものではないでしょう。
自分が動いたことで冬組を団結させてしまったことなど知る由もない彼は、敗北の責任を主演である晴翔に当てつけてその場を去りました。唯我独尊、傲岸不遜たるその態度は、言い逃れができない悪人と言うべきものです。
それでも神木坂レニがこうなってしまった理由が"立花"の姓と関係あるのなら、いつしかMANKAIカンパニーは彼の本質とも向き合わなければなりません。その日が忌憚なく迎えられるよう、彼らには是非、正々堂々と切磋琢磨して行ってほしいと思います。
かくして約束の売上金を手に入れたMANKAIカンパニー。これにて借金は完済。最後の最後、彼らは大逆転ホームランを打ち上げました。
満開の未来へ
劇団の正式な存続が決まり、これからの未来に夢を乗せて行くMANKAIカンパニーの団員たち。
このアニメで描かれたのは4つの座組の初回公演のみであり、それは実質的に劇団を立ち上げるための「長い一幕」と言うべきものでした。だからこそ、ここからが本当のスタート。この先にある発展こそが、演劇を皆で続けて行く意味に繋がって行くものだと思います。
これからは復活した古豪MANKAIカンパニーとして、演劇人の誰もが目指す最頂点へと歩みを進めることになります。目指すのは先代さえも果たすことができなかった夢の実現、フルール賞の獲得です。
これからどんな困難が待ち受けているかはまだ分からないけれど、少なくとも今は前だけ向いていれば良い。そう言いたくなる状況で、あえて過去を振り返る1人の少年がいました。
それは春組リーダーの佐久間咲也です。
潰れかけだったMANKAIカンパニーの門を叩き、右も左も分からないままにたった独りで舞台に立った少年。希望も何もなかったMANKAIカンパニーに差し込んだ一筋の光。彼の無謀すぎる挑戦が、演劇の世界から距離を置いていた立花いづみの心を強く動かしました。
元を辿れば咲也の行動がなければ、新生MANKAIカンパニーが生まれることはなかったのです。劇場はあの日に解体されて、ここに集うはずだった少年たちは全く違う人生を歩んでいたことでしょう。中には負の感情を清算できないままに、道を誤り続ける者もいたのかもしれません。
キャストの中では彼だけが、そこに至るまでの全てを劇団員として見て知っている。だから咲也にとってこの瞬間は誰よりも感慨深く、誰よりも望んだ景色だったと言って良いはずです。
演劇を通して手に入れたのは、きっと他では絶対に為し得なかった関係性でした。それぞれがそれぞれの想いを抱え、ぶつかり合い、この場で"自分"を克服して繋がった。そんな家族同然と言って良い、唯一無二の信頼できる仲間たち。それが今の彼のそばを囲んでくれています。
その中心に立って、ここに至るまでの全てを導いてきた存在。それが監督 立花いづみでした。
彼がいなければ、彼女がこの劇団の監督になることはきっとなかった。そして彼女がいなければ、彼らが一繋がりの劇団になることもなかった。
まだまだ後ろを振り返るほど何かを積み重ねたわけじゃない。それでも、数奇な運命によって人生を動かした2人には、これまでを追想する権利があります。
「役者は、皆それぞれに蕾を持ってる」
蕾だった4組20人の少年たちが、舞台の上で花開く。人の数だけ種類があって、花開くまでの過程がある。1つとして同じではない0が1になる瞬間を、立花いづみは舞台裏から見届け続けてきました。
「役者たちが、満開に咲き誇る瞬間を見られるのが舞台だから」
最初はこんな未来を想像して始めた監督業ではなかったはずです。自分で決めたこととは言え、やらなければならないという使命感だけで彼女は行動を開始していたと思います。
彼女にとって演劇は過去の大切な思い出であり、同時にたくさんのトラウマを思い出させてしまうものでもありました。父が演劇界の要人でありながらも、自身は役者としての才能が全くなかった。その事実が、彼女に多大なコンプレックスを抱かせたことは想像に難くありません。
大好きな演劇を大好きなままでいたかったから、せめて遠くに置いておきたいと願った。そんな彼女は否応なく演劇の世界に引き戻されて。当初は胸を締め付けられる瞬間も多々あったことでしょう。
「私は、そんな風に咲いた皆を見ることができて…本当に幸せだと思ってるよ」
そんな彼女がMANKAIカンパニーで観た景色は、自分が板の上に立っていた頃とは全く違うものでした。
自分が演じるのではなく、誰かが演じるところをそばで見届ける。演劇という文化を通して、新たな魅力を開花させていく少年たちを導いて行く。そこには、彼女が知り得なかった演劇の世界が拡がっていたことと思います。
「ずっと、咲き誇る皆を見ていたい」
MANKAIカンパニーによって変えられたのは役者たちだけじゃない。彼らと共に歩んできた監督もまた、改めて演劇の魅力の虜になって。共に新しい一歩を踏み出した、横に並び立つ仲間に他なりませんでした。
立場は違えど、胸に秘めた熱意と想いは変わらない。その姿を最初から共に見続けてきた佐久間咲也が、目の前の監督に応えないわけがありません。
「俺たち、舞台の上で何回だって咲きたいです!」
声高らかに宣言する精一杯の気持ち。それは20人分の想いを込めた、皆が等しく持っている演劇に対する想いの具現です。
1人1人が違ったものを抱えてその場に立っている。けれど、奥底にある一番大切な想いはきっと変わらない。
「これからも、いっぱい咲かせてくれますか?」
1つの劇団、4つの座組。
そこから始まった演劇の希望を知る物語。
少年たちは明日の目標に向けて今一度走り出しました。彼らの演劇人生はまだ始まったばかりです。
おわりに
アニメ『A3!』はここでひとまずの完結。24話分割2クール、延期を挟んで2020年丸っと1年のお付き合い。お疲れ様でした。
2019年末にTVアニメ『あんさんぶるスターズ!』の感想執筆を終え、直後にアニメがスタートしたことで触れることになったこの作品。これもまたとても良い出会いでした。
演劇という文化ととても真摯に向き合った作風が魅力的で、演劇経験者として非常に回顧的になる物語。全体通して妙な誇張や嘘がない感じがして、限りなくリアルに近い演技の難しさが垣間見える作品だったと思います。
現実では人間関係がギスギスしたり何かとトラブルが多い演劇故に、それに順ずるすれ違いやぶつかり合いもしっかりと描かれています。その中で「最も理想的に物事が解決した場合こうなる」という展開が、『A3!』の主軸に据えられている印象です。
また演劇部分の描写については実はかなり硬派に創られています。特に冬組の丞と紬にまつわるエピソードは、芝居経験者でも実感できるとは言えない要素がそこら中にちりばめられていました。少なくとも現役だった頃の僕では、この感想記事に書いたようなことはとても感じ取れなかったと思います。
しかし『A3!』を丹念に読み込んできた人ならば、春夏秋冬の展開を対比させることで理解できる可能性があるというのが素晴らしい。ちゃんと4つの座組で異なった角度から演劇がフィーチャーされているため、彼らの違いを考えれば演劇の多面性にも考えが及ぶようになっています。
それを踏まえて、冬組の千秋楽はここまで語られてきた全ての物語の上に立つものであったと解釈。彼らの舞台を演劇的に読み込むことが、最終回として過去3つの座組の演劇を回想することにも繋がっているとし、このような感想記事になりました。お楽しみ頂けていたら幸いです。
この感想記事群もいよいよフィナーレ。ここまで読んで下さった方々、本当にお疲れ様&ありがとうございました。『A3!』もできればアニメで追いかけて行きたいと思っているので、2期があったら嬉しいなという気持ちです。
また『A3!』や他の作品の記事などでお会いできたら嬉しいです。The Show Must Go On。その日が来た時にはまたよろしくお願い致します。
本当にありがとうございました!それでは!
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