孤独な玉座
「それも当然だっ、おれは天才だからな! おれのつくる曲は傑作だからっ、わははは!」
瀬名の献身的な行動は、レオの価値観に新たな変化をもたらしていました。
自分のことを想ってくれている友達だからこそ、セナは自分と一緒にいてくれている。一緒に楽しそうに活動してくれている。
だとしたら、離れて行った人たちはどう思っているのだろう?自分と一緒にいてくれない"友達"は、何を考えているのだろう?
人の善意を尊重するレオにとって、チェスとして共に在ったメンバーはセナ同様に大事な友達でした。もちろん信頼度の差はあったのでしょうが、"友達"という概念に括られた存在であることには変わりがなかったのです。
何故ならその他のメンバーも、レオとは変わらず仲良くしてくれていたから。彼のことを、表向きには尊重してくれていたからです。
故にレオは、セナと他の友達との差が気になってしまいます。今までは気にさえ留めなかったことも、時と場合が変われば大きな疑問点になる。彼らとセナの間に違いがあるとしたら…。それを考えた時、彼に思い当たる節は1つしかありません。
本当は彼らが求めていたのは自分ではなく、自分の楽曲だったのではないか?楽曲さえ用意すれば、彼らは自分の前から喜んで姿を消すのではないか?
それはあまりにも大きすぎる邪念。気付いてしまったら、もうそれを確認せずにはいられない。そんな類いの妄想が、いつしか彼の脳内を満たすようになりました。
「でもさ! 友達じゃなくて敵なら、何をされても文句はないってことだよなぁ?」
「敵となら戦える、殺しあいができる! 戦争だってできるっ、皆殺しにしてやるよ!」
自分か曲か。
その2択をかつての仲間に迫ったレオは、残酷すぎる現実を目の前に突き付けられることになります。
きっとレオの予想は当たっていました。彼は皆が自分ではなくて曲の方を選ぶと、心のどこかで感じ取ってしまっていたに違いありません。そう思わないのなら、わざわざ行動に移すことはなかったでしょう。
ただ本当に不幸だったのは、レオが他人の世辞や建前を本気で信じ込んでしまうほどに善良な人間であったことです。結果として、レオは今まで積み重ねてきた人間関係の全てを疑わなければいけなくなってしまい、実質的に全ての関係を失ったにも等しいダメージを負ってしまいました。
皆のために。友達のために。そう思って続けてきたことの全てが、見当違いだった。
おかしいことがあっても、許せない事件があっても、そのせいで自分が傷ついたとしても。誰も悪くない、悪いことにしたくない。表現者はあらゆる体験と経験を作品に転換できるから。自分が才能を奮いさえすれば、全ては"良いこと"なんだと思い込める。
そう努めてきた。それで皆が自分を愛してくれるなら、それで良いと思っていた。けれど、その全てが徒労に過ぎなかったことを突きつけられた。
「なぁ、何なんだあいつら? 本当にアイドルなのか?
何のために生きてるんだ? どうして死なないんだ?」
遂には信じていた彼らは、自分の創った作品を使おうとすることさえなく。楽して利益を得られるなら、戦うことさえ拒む。彼らが、楽曲にさえ本当の意味で価値を見出していないことの証明です。
「好きなことを全力でやるためじゃないのかっ、なぁ? おれ、これまでずっとあいつらが自分と同じ生き物だと思ってたよ!」
人間として裏切られ、表現者として冒涜され、アイドルとして踏み躙られ。かつて友達と想っていた全ての相手から、ありとあらゆる尊厳を破壊し尽くされた。
心の髄までボロボロになりながら、もう立ち上がれなくなってもおかしくないはずなのに。それでもレオはKnightsが臨むチェックメイトの舞台に訪れました。
「おまえのせいだ! この学校で最初に出会って、仲良くなったおまえがいつも一生懸命でさぁ!」
彼は怨み節を吐きながらも、ステージに上がることをやめません。それは絶対に彼を裏切らない"友達"である、瀬名泉がそこで待っているからです。
「アイドルってすごいなって、ここでなら仲間ができるって! そう信じちゃった! だから、ぜんぶぜんぶおまえのせいだ……セナ!」
どれだけ痛めつけられても、どんなに地獄を見たとしても、セナだけは絶対に自分を裏切らない。楽曲も投げ捨てない。
アイドルとしていつも全力なセナだから、まっすぐに努力しているセナだから。最初に自分に希望を与えてくれた人だから。
絶対に信じられる。信じてもいい。信じさせてほしい。今の月永レオにとって彼と共に歌って踊ること。それだけが、自分を保つための手段でした。
友達
三毛縞斑から骨折の真実を伝えられ、自分の窺い知らぬところで孤独な戦いに挑んでいたレオの存在を知り。瀬名泉は自分が大きな勘違いをしていたことに、ここでようやく気付かされることになりました。
レオはいつも能天気で、何を考えているかよく分からない。
目を離せば勝手に突っ走って行ってしまうし、他人の善良性を過信して愛想を振りまく。何者にも代えられない天才であるくせに、自分が利用されているということにあまりにも無頓着。
だから誰かが彼を庇護下に置き、守ってやる必要がありました。そんな保護者を必要とする存在が、夢ノ咲学院で最初に出会った保護欲の塊。それが瀬名泉だったというだけのこと。
しかし幾ら目にかけているとは言っても、レオは文字通り鉄砲玉のような少年です。全てを管理・監視下に置くことは不可能で、実際に干渉できるのはごくわずかな時間に限られています。
瀬名はそんなレオを1人の友人として心配し、自分にできる範囲で導いてきたつもりでした。そういった許容のバランス感覚があったからこそ、瀬名はレオと親友と呼べる関係になったのだと思います。
物理的には付かず離れず。心の距離だけを密着させて、何だかんだで良い関係を築けている。そう思っていた瀬名にとって、自分が想像もしていなかった月永レオがいたこと。それは我々が感じ取る以上に凄まじい衝撃だったことでしょう。
もちろん弓道場での出来事は斑目線のレオでしかなく、本人がどう思っていたか直接確認をしたわけではありません。斑も状況や事情を合理的解釈で無理矢理結び付けるきらいがありますし、それが突飛な発言に結びついてるシーンも存在しています。
ただ斑の言っていることと今目の前にいるれおくんの発言と行動には、少なくとも一定以上の整合性がある。それだけでも、今の瀬名が心を乱す理由としては十分すぎると言えました。
「でも。なんでそんな裏事情を、俺に教えてくれるわけ?」
「気を付て見ていてほしいからだなあ。君に、レオさんを」
その状態でレオを見守るという重責を押し付けられようとして。はい分かりましたと簡単に言えるような状態ではないでしょう。それを「しているつもりで"できていなかった"」ことが今正に突き付けられているのに、悪態もつかずに受け入れられる方がどうかしています。
「そんなことを言われても……。俺はべつに、あいつの家族でも友達でも何でもないんだから」
自分には全てを曝け出してくれていると思っていた故に、知り得なかった裏側の存在が強く瀬名を責め上げます。
持っていた自信と信頼が完璧なものではなかった。身勝手で自分本位な驕りでしかなかった。
その不要な気付きは自尊心を傷つけて、不安と羞恥の感情は思ってもいないようなことを口にさせます。
互いにレオを想っているのは同じだと思うからこそ、斑はその理想を瀬名と共有しようとしたはずです。ですがそれは今の瀬名にとっては傷口に塩を塗りたくられるのと同じこと。斑は斑で彼しか知り得ない"レオさん"を見ていて、瀬名は瀬名にしか知らない"れおくん"を見ている。その差がここでも1つのすれ違いを生んでいました。
「セナ! お喋りしてないで歌おう! もうお客さんが入ってきてるぞ!」
そんな彼らを尻目にして、レオはいつもと変わらないテンションのままアイドルを演じようとしています。心の奥底がズタズタなのは確実なはずな彼が、誰よりも人の幸せを考えて立ち回る。その健気な姿が、瀬名の心を今一度ステージの上に引き戻しました。
おれは幸せだから
レオとの関係のズレを意識した瀬名の発言は、心なしか探り探り。彼が大きな不安に囚われたままであることが見て取れました。
しかし当のレオ本人は全くそんなことを気にしていません。逆に彼は今、瀬名泉という存在を過剰に求めてしまっています。今までにないほどまっすぐな気持ちを、瀬名に向けたくて仕方がなくなっている状態でした。
多くの人に向けていた良心は破壊されても、月永レオの善良性その物がが失われるわけではありません。その心を拾い集めてもう一度組み合わせて、再び立ち上がる強さを彼は持っていたからです。
しかしそれはもう同じように数多の人に向けられることはない。その良心は、本当に大切な人のためだけに使い切る。大切な人が望むことなら何でも実行してやり遂げて、たった1つの幸せを導き出す。
自分に最高の霊感を与えてくれたセナ。共に時間を過ごしてくれたセナ。自分の夢を叶えてくれたセナ。最後まで自分を気遣ってくれるセナ。
彼のために、彼が望むようにその願いを叶えてあげたい。そのためなら、自分の心さえも捨て去ってしまっても構わない。
「それでおまえが満たされるなら、おれは、全力でそれをやるよ。誰に怨まれても嫌われてもいい、身体中の血を流し尽くしてもいい、他のぜんぶを切り捨ててもいい」
それはまるでプロポーズのような。出来上がった、芝居がかった言い回し。けれど全ての経緯が集まった時と場所だからこそ、言葉は真実となり向けられた相手に届いて行く。
「世界のぜんぶが敵に回っても、おまえが一緒にいるなら、おれは幸せだから」
レオとの関係で惑う瀬名にとって、何よりも求めていた感情、それがダイレクトに彼の心に沁み渡る。守り守られだった2人の関係性は反転し、レオの気持ちは瀬名の心を確かに解きほぐして行きました。
エピローグ
ただ共にいたい。共に生きて行きたい。それだけのことに、大層な理由が必要になってしまうこの世の中で。それを冷静に解釈して打ち返すことに、果たして意味があるのでしょうか。
たとえこの後に待ち受けるのが悲劇の連鎖だったとしても、それが分かり切っていたとしても、"れおくん"がそれを望むなら叶えてあげるべきなのではないか。それが自分の望みの実現に繋がっていくなら、断る理由はないのではないか。
瀬名があの時そう思うのは、当然のことだったのではないかと思います。瀬名がレオと自分を律することができれば、Knightsは血で血を洗う戦いから身を引くことはできたでしょう。そうすればレオは完全に壊れることはなかったのかもしれません。
それでも、そうすることをレオはきっと望まなかった。レオは瀬名が本心を隠したらきっと怒ったでしょうし、無理矢理にでも瀬名の本音を引き出そうとしたと思います。それさえも「れおくんのために」と叱咤したら、それはレオの良心を裏切ることにも繋がります。
それはそれで良い結果に結びつかなかったと僕は思うし、何より瀬名も斑と同じく「れおくんを傷付けた奴らを絶対に許せない」と思っていたに違いなく。彼の怨みや憎悪もまた「れおくんのために」の内側にあるものであり、それと共に歩むことはレオにとっても心地良いことだったと解釈しています。
ただ待っていた結果は彼らの想像を超える痛みを伴うもの。天祥院英智の思惑は、無惨にも月永レオの心に毒牙を仕向けて行くのです。
どんなに固く決意しても、自分自身に蓋をしても、人の根本はそう簡単に変わるものではありません。
善の性質を持つ者が悪事をはたらき続ければ、それによって悪意を向けられ続ければ、その恨みつらみは猛毒となって当人の心を蝕み尽くします。
それを途中で止めなかったのは、一側面では瀬名の責任ではあるはずです。しかしその内情が描写されていない以上、瀬名に止められたのかは現時点では分かりようのないことです。瀬名とレオの共依存関係は、"そうするべきだった"で切り捨てられないところがあるでしょうから。
その時その時で想いを確かめ合い、互いが望むものを互いに与え続けた。それはきっと事実なのだと思います。そしてそれによって彼らは満たされていて、共に歩む幸せを噛み締めていたのでしょう。
たた当時の彼らにとって、"共に歩む"ということ自体が地獄に至る選択でした。2人でいようとすればするほど、彼らは避けようのない闇の中を進むことになったのです。それしか選べなかったのは時代や仇敵のせいであり、決して彼らが悪かったわけではありません。
何もなければ素の自分たちのまま叶えられた願いが時代のせいで変性し、叶えてはならない願いとなった。それでも彼らはそれを叶えようと努力し続けた。
故に、本人たちにとってはその結末は最終的に"自分のせい"になってしまう。自分たちが望みすぎたせいなのだと。そこに至らせてしまったのは自分なのだと。ただただ後悔と自責の念に苛まれるしかないのです。
皇帝の執着
月永レオは自分の思惑通りに動き、計画通りに散って行った。天祥院英智はかつての出来事をそう振り返ります。
しかしそれは後付けによって作られた歴史の話。
計画の初期段階で彼が思い描いていた理想には、決して行き着いたわけではありません。
本当は月永くんと友達のままでいたかったし、同志になれると信じていた。最初はレオの方からそう言ってくれていたことも、英智の目を狂わせる原因となったのかもしれません。
私情と主観で月永レオの本質を見誤り、そのせいで中途半端に彼を動乱の中に巻き込んだ。
狂った歯車は最後には外に弾き出すしかありません。打破される奇人として革命の歴史に名を残すこともなく、その過程で皇帝に盾突いて自爆して行った愚かな一般人として彼の存在は処理されます。
最後は共に賞賛される英雄に召し上げるはずだった友達を、最低最悪の敗北者にせざるを得なくなる。その事実は、革命の過程で何よりも天祥院英智の心に傷を負わせたことでしょう。
元を辿ればそれは自業自得。英智の見立ての甘さがもたらしたものですが、その実、最終的に歩みを止めなかったのはレオと瀬名、本人たちの責任です。
いかに英智がそうしてほしくないと願ったとしても、強い意志を持つ者を説き伏せることはできはしません。共に在れる間は利用し、立ちはだかるのなら壊れるまで打破し続ける。それだけが英智がレオに向けられる報いに他なりませんでした。
彼もまた強い意志を持ち、夢を叶えるために犠牲を生み続けた存在。私情のために、歩みを止めることが許されるはずがありません。それを誰よりも自分自身で理解している英智は、たった1つだけ大切にしたいと思った感情さえも、自分の手で粉々に打ち砕くことを選びます。
結果として英智は玉座に座る上でのベストを導き、月永レオは皇帝に良いように使われたことになりました。
目的は達し、革命は成し遂げられた。そこに何の憂いもないはずなのに、その時に隣りにいてほしいと願った人だけは手に入らなかった。
元より孤独な戦い。行き着く先に自身の幸せなど存在しなくて当たり前。人間性を捨て去り、多くの人に疎まれながらも最大幸福を実現する。それに納得していても、持ってしまった感情を全否定することは絶対にできません。どれだけ冷酷無比に考えようとしても、です。
どうせならあの時病院で出会わなければ、同じ結果を違う気持ちで迎えられたかもしれないのに。過去を回顧する英智の姿からは、そんな心が声が聞こえてくるようです。
在りし日の後悔は執着となり、その心中に暗く永い影を落とす。
大きな栄光の裏に葬られたたった1つの失敗が、今でも少年 天祥院英智の心を苛んでいます。
地獄の先にある希望
それぞれの立場でそれぞれの後悔を引きずる瀬名と英智。
他人のせいにするのは簡単で、それをする資格も彼らにはある。それなのに彼らが自分を責め続けてしまうのは、2人の胸中にあるレオへの想いが本物であることの証明です。
それが互いに分かっているから、彼らはどこかで通じ合っているのでしょう。叶えなければならない願いの先に、1つの望まない結末があった。それがどうしようもないことであったことは、既に彼らは嫌と言うほど感じ取っている。故にその痛みを、不可侵の契りとしているのだと感じます。
思い返せばこの悲劇を回避できる可能性は、物語中に無数に存在していたと思います。
もしもレオが骨折しなければ。もしもレオと英智が出会わなければ。もしも英智がレオを作戦の一部にしていなければ。もしも瀬名がレオの異変に気付いていれば。もしも、もしも、もしも、もしも…。挙げ出せば枚挙に暇がないほど、歴史の分岐点は見つかり続けるでしょう。
その全てを誰もが選べなかった結果の結末が、この「チェックメイト」です。
1つ1つの責任は誰かに存在していながらも、圧倒的にどうしようもできなかったことの方が多い。だからこそその1つだけを槍玉にあげて責めるという選択を、当事者たちは決して取りたいと思わないのだと思います。
これは関係した全ての人の責任で、体現された地獄は全ての人間で分かち合うべきもの。逃げることも許されなければ、独りで背負いこむこともまた許されない。その当事者の善良性によって、月永レオの存在は肯定されているように感じます。
そして何より、この物語はこれで終わるものではありません。この地獄から全ての物語が始まった。それが何よりも重要で大切な事だと思います。
もしもレオと英智が出会わず、レオが奇人に選ばれていたら。夢ノ咲学院の物語は、全く違う方向に進んだことでしょう。
もしも瀬名とレオが戦うことを選ばず、平和な日常を謳歌していたら。Knightsは今でも2人のまま、嵐と凛月は全く違う人生を歩んだかもしれません。
もしも瀬名泉がこの後悔を後の行動に反映しなかったら。遊木真と彼の関係性は今のようではなく、監禁事件も起こることはなく、Trickstarの革命は夢物語と消えました。
彼らがこれから体験する光の道筋は、全て「チェックメイト」の結末の上に立つものばかり。
地獄を生み出した全ての"もしも"が、巡り巡ってより強く大きな光を体現する。それが『あんさんぶるスターズ!』という作品なのだと理解しました。
「追憶」とは過去を振り返り忍ぶこと。それはつまり、振り返られる未来がその先にあることを意味しています。光り輝く希望の星のおかげで、ほの暗い過去を思い出すことができるのです。
最悪の後悔の上に立つ、最良のハッピーエンド。
それが自分たちを待っていてくれている。努力すれば必ず報われるわけがないけど、その可能性は高められる。
彼らがその宿りに気付くのは、もう少し先のお話です。
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