「追憶」という言葉に心が苛まれるようになってきた今日この頃(それほどに「チェックメイト」の記事執筆は大変だった)
新たにやってきたのは、過去の朔間零を中心としたデッドマンズというユニットの物語「追憶*それぞれのクロスロード」です。
今まで設定のみが軽く利用されているに過ぎなかった存在で、その内情は一切合切ベールに包まれていた幻のユニット。ついに失われた彼らに迫るストーリーがやって来ました。
そのタイトル通りに、ここで交わりそして変わって行ったことが数多ある情報量過剰のエピソード。「チェックメイト」をさらに飛び越え、現段階で最も過去に当たる"人間"の物語。その内容をできる限り真摯に紐解いて参りましょう。よろしければお付き合いくださいませ。
蓮巳敬人の場合
「クロスロード」の中心人物。まだ天祥院英智と共に革命を始める前、若かりし日の蓮巳敬人が今回の主人公です。
革命を始める前というのは温情のある表現。実際は2人の計画は既に実行段階に入っているのに、あまりにも蓮巳の計略が杜撰すぎる故に成果を一切上げられていない状態と言うのが正確でしょう。
その主だった理由に当たるのが、全体像に当たる蓮巳の作戦が穴だらけで機能していなかったことでした。
彼の考えた内容は筋道こそ整っていましたが、1つの大きなイレギュラーが発生するだけで瓦解する非常に脆い構造になってしまっていたのです。
漫画家志望だった蓮巳は、話の流れを考えることは得意だった様子です。懇々と独りで語っていた戦略も、人の心の動きを加味した純度の高いものでした。それ自体は別段、蔑まれるようなクオリティだったわけではありません。
ただし事実は小説よりも奇なり。セオリー通りに動かない人間は必ず現れるもので、それを抱き込めない作戦は現実では何の意味も持ちません。逆に完成度が高いものほど対応力に乏しく、一瞬のうちに機能しなくなってしまうリスクを孕みます。
多くの物語に触れて研究することは、現実にも応用可能な想像力を得られる有益な行為です。蓮巳が革命の全体像を練られるのもその積み重ねあってこそ。物語を軽度の娯楽としか捉えない人に比べれば、蓮巳は圧倒的に巧みな思考力と分析力が養われているはずです。
しかしその想像力は時として、実生活に大きなバグをもたらすこともあります。フィクションに触れすぎている人ほど、物事に過剰な理路整然さを求めるようになってしまうからです。
現代では現実世界でも「辻褄が合っている」という理由で、無根拠な"真実"(場合によってはデマ)を見出す人が大勢見受けられるようになりました。その大部分の人が他人の人生を物語の一部のように捉えて思考し、自分の見知った流れに当てはめて物事を解釈しているように感じます。
実際の人間はもっと想像だにしない思考回路をしているし、重大な決定を"何となく"で決める人も少なくありません。常人が考える"普通"の領域には入ってこない者が、得てして世界をあらぬ方向に進めてしまう。これこそが世界の真理であり、理不尽な現実です。
その世界の理不尽さと向き合わず、創られた世界と机上の論理だけで理想を構築する。これでは先で描ける未来がどれだけ素晴らしいものであっても、奇跡でも起きない限りは実現に至ることはありません。
蓮巳が練り上げていたものは、そういう見かけ倒しの空論に過ぎません。実現性に非常に乏しく、周りに存在する人や物を効率的に使用できれば「そうなる可能性はある」程度の理想論。それを掲げている限り、現実を戦い抜くことはできないでしょう。
過信故に見落としに目を向けられない視野狭窄さを、蓮巳は持ってしまっていました。結局彼は最後までその世界から抜け出すことができず、今回は辛酸を舐めることになってしまいます。
もっと泥臭く、行き当たりばったりで、その中に絶対にブレることない芯が存在する世界。それを体現できない限り、目指す成功に行き着くことはできない。それを身を持って分からせられることになったのが、蓮巳敬人にとっての「クロスロード」でした。
鬼龍紅郎の場合
夢ノ咲学院に入学した不良。この頃は他のキャラクターたちの繋がりがほぼなく、その見た目に過去の経歴も相まって周りから浮いてしまっている状態でした(※何故か朔間零とだけはそこそこに交流がある)
現代軸では全キャラの中でもかなり多岐に渡る関係性を持っていて、皆から慕われる兄貴分である鬼龍。それだけに「入学したは良いが、中学時代の負の遺産を処理し切れていない」彼の姿を見られたのは新鮮でした。
外見からはガチめの"ヤバさ"が全く抜けていないものの、その性根は今に繋がる優しさをしっかりと持っているようです。周りから煙たがられていることへの劣等感こそあれ、「アイドルになる」と決意したその日から彼の心は大きく様変わりしているのでしょう。
今回もその風体を活かしてライブハウス周りの治安維持に貢献(?)していたり、善良な学院生がいざこざに巻き込まれないように取り計らっていたことが明かされています。ライブハウスの在り様がギリギリ黙認されるラインで保たれていたのは、鬼龍の影の功労によるところも大きいのかもしれません。
終盤では学院内で衣装製作のバイトを行うなど、違反行為を行っていたことが発覚。しかしそれを唾棄せずに有益なものとして活かそうとした蓮巳の機転により、鬼龍のために校内アルバイトという仕組みが整えられることになりました。長らく謎な設定だったとは言え特に気にも留めるほどでもなかったため、今回でその存在理由が回収されたのは驚きです。
違反と分かっていてもバイトせざるを得ない理由があった鬼龍にとって、この蓮巳の対応は願ってもみないものだったはず。結果として蓮巳敬人は、鬼龍紅郎の学院内最大の恩人となることに成功。夢ノ咲学院に紛れ込んだ怪物を、自分の意思で活用できるようになりました。
それ以降については「マリオネット」にて利用される立場になってしまったことを悔いる台詞があったり、「拳闘の四獣」にて暴力を正当化する竜王戦のキーマンに据えられたことが明かされています。暴力を捨てアイドルになることを夢見た鬼龍にとって、その後の扱いは決して容認できるものではなかったことでしょう。
ただそこで自分が受けた恩を蔑ろにできるほど、鬼龍は薄情な人間ではなかったのです。
自分がこうしていられるのは蓮巳のおかげである。最初の温情がなければ、自分は最悪退学にでもなっていただろう。そう考えるからこそ、彼は理不尽に蓮巳敬人を裏切ることはありません。
それは鬼龍が弱みを握られているだけだという捉え方も可能でしょうが、僕はやはり今でも鬼龍が蓮巳を「旦那」と呼んで慕っていることは好意的に解釈してあげたいと思っています。
蓮巳は英智の目的を叶えるために作戦を練り、革命の実現を持って自分の役割を果たそうとしていました。経過や内容は賛否あれど、蓮巳敬人が友を想う気持ちは紛れもなく本物です。
そういったポジティブな強い熱量を蓮巳の発言から感じるからこそ、鬼龍は蓮巳のことを信じて乗っかろうと思ったのではないかと思います。そして一度自分が信じると決めた相手のことは、どのような扱いを受けようとも信じ抜く。鬼龍紅郎はそんな漢気を持った少年だとも僕は思っています。
ただし諸々の事情について、諸"悪"の根源である天祥院英智と鬼龍が会話をしているシーンを見た記憶はありません。よって蓮巳敬人を通さない場合に、鬼龍が一連の事情をどう思っているかは分かりません。全てが全てに肯定的では、もちろんないでしょう。
ここの関係性にも複雑な事情がありますが、鬼龍は決してやらされる形で紅月を居場所に選んだわけではない。そして蓮巳敬人のことは、今でも心から信頼している。この2点は前提においた上で、これからも彼のことを見て行こうと思います。
それこそが皆に愛され、多くの人に憧れられる。真の漢の生き様を持った鬼龍紅郎の在り方として、適切なものであると思いますから。
今回活躍したキャラクター達
羽風薫
家柄の関係で地下ライブハウスの元締めを担当している夢ノ咲学院の問題児。素行の悪い生徒やアイドルが集まる"溜まり場"の管理人ということで、のらりくらりと物語に参戦します。
こういう裏社会的な存在がフィーチャーされる物語において最も性質が悪いのは、その中身に大して興味を持っていない権力者の存在です。私利私欲を得るために体よくそれらを利用し、内情の好悪に関わらず放ったらかしにしている者。これが改善における大きな足止めとなります。
今回の羽風は、そのまま完全にそのポジションに当たります。特に彼は自分の意思で管理を任されているのではなく、上からの指示でその役職を全うしている状態。しかも対価に(羽風的には)そこそこ利の多い自由を与えられています。
こうなって来ると羽風は今のライブハウスが維持さえされていれば良く、現状の変化を望むことはありません。全ての干渉を適当にかわし続けて、必要な作業をこなして行く。それだけで一定の満足感は得られるのだから、わざわざ他人に協力して危ない橋を渡る必要はないのです。
この点においては、現代軸の羽風も概ね人間性を同じくしている印象です。面倒臭いことをやらずに甘い汁を吸えるように立ち回るのは、表面的な面における彼の本分には違いないでしょう。
しかしながら、「返礼祭」では女遊びをやめてアイドルとして本気でやって行く熱意を見せていたり、過去のストーリーでは家柄に起因する家庭環境に心を痛めていた描写も存在しています。追憶→現代ではさほど大きな変化はないものの、「返礼祭」まで通して見ると一定の変化(の前段階程度)は垣間見えているように思います。
よって今のところ「追憶」で登場したのに印象の変化がないほぼ唯一のキャラクターとなっていて、それが逆に未来の羽風薫への興味をそそる要因になっていると言ったところです。
「クロスロード」では初対面らしい朔間零に「興味ない奴のことは覚えない」と言い放った後に、「誰もが朔間零になれるなら~」と明らかに意識している発言を残すシーンも。少々可愛げのあるボロを覗かせてもくれました。
UNDEADに加入することになった経緯なども含めて、まだまだ中身が見通せないキャラの1人には違いありません。断片的に重要な情報は開示されていますので、それが上手く線で繋がる瞬間を見逃さないようにしてあげたいです。
乙狩アドニス&神崎颯馬
「クロスロード」の中核であるUNDEADと紅月のメンバーの中で、話の主題にほぼ絡んできていないのがこのアドニスと神崎です。ただし、2人が持っている「特に明確な関係性を持たない"ただの友達"」という属性は、今回のストーリーでかなり大きく掘り下げられることになりました。
その喋り口調と出で立ち、携えた真剣のせいで周りと打ち解けることができないでいた神崎。しかしながら神崎はその生き方と血筋に強い誇りを持っているせいか、周りから避けられていることに全くネガティブな意識を持っていないようでした。良い性格をしているよ本当に。
一方のアドニスは朔間零に引っ張られる形で日本の夢ノ咲学院へ。わけあってアイドルを目指すことと相成ります。心優しいアドニスは周りのことを気遣いすぎてなかなか馴染むことができず、現状を受け入れようと必要以上に自分を貶めてしまっていました。
そんな2人は尊敬する蓮巳敬人と朔間零。別々の先輩に導かれる形で逢瀬を迎えることとなります。出会いは一瞬の出来事で、全く劇的ではない"何となく"の邂逅です。
ですがそういうラフなものほど、掛け替えのない奇妙な良縁に繋がったりするのが人生でしょう。
生まれを重んじ、自らの"変な日本語"を自己肯定感に代えている神崎と、海外生活が長く自身の"変な日本語"に自信を持てていないアドニス。同じ問題を真逆に捉える2人だったからこそ、彼らは互いを尊重し合えるようになりました。
絶滅したはずのサムライとして現代を生きる神崎の言葉回しは、アドニスにとっては「日本」を強く感じられる文化的価値を孕む言語だったことでしょう(?)(※真面目に書いてて自分も何言ってんのか分からなくなってきた)
そして外国人として現代日本語のスタンダードを学んでいるアドニスの話し口調は、神崎にとっては自分に最も欠けている綺麗な言葉遣いとして映ったはずです。
言葉というジャンルにおいて、周りの"普通"の人々に"変"だと思われてしまう。そんな側面を持っている2人故に、互いの良いところを見つけて褒め合うことができる関係になれたのではないでしょうか。
その「互いを肯定し合う」という理想的なやり取りから始まった2人が、良い友達へと発展して行くのは想像に難くなく。運動神経抜群という共通項や共通の知人(※海洋生物部の面汚し)という話題を得たりして、目の前に現れた階段を1段ずつ登っていくことになります。
この出会いを知ったことで、その和やかなやり取りをより微笑ましく見られるようになった。それもまた「クロスロード」の大きな意味であったと思いました。
守沢千秋
THE オタク。
眼鏡。服装。オドオド感。迸る陰キャ臭がスーパーノヴァ。「お前思っていたより滅茶苦茶オタクだったんだな…」と"空気"で伝えようとしてくる流星隊のエース。ただいま惨状。参上。
この時分から現代軸同様の雰囲気で流星隊の活動をしていますが、あくまでそれは表面的な話。台詞の随所随所からは"頑張っている感"や自信の無さが滲み出ています。いつもながらに思いますが、こういう差異を細かい台詞回しで感じさせるのが本当に上手いですよね。
千秋自身がまだヒーローを演じることに慣れていないのも大いにありそうなものの、その不安の根底には「流星隊が現代とはかなり異なったユニットとして在る」ことが関係しているようです。
蓮巳曰く、流星隊は建前として「正義のユニット」を名乗っているだけで、その中身は完全な機能不全に陥っているとのこと。また羽風からは「素行が悪いからライブハウスへの出禁も考える」と言われており、割と洒落にならないレベルで荒廃していると考えるべきでしょう。
そして残念ながら周りからそれが当たり前だと思われている程度には、ユニットの腐敗が常態化している様子。「クロスロード」では、三毛縞斑と一緒にその中身を創り変えようとしている最中と言ったところでしょうか。
そのせいで千秋の動きは蓮巳の計画を大きく狂わせるほどのイレギュラーで、実はストーリー全体の引き金をひく役割を担った影の重要人物でもあったりします。転じてこの時期の流星隊は、「考慮する価値もない」と思われる程度の存在だったことも示唆されています。
過去のストーリー的には深海奏汰も一枚噛んでいる可能性は高そうですが、後に蓮巳の策略で奇人として討伐されてしまうことは見逃さないでおきたいところ。恐らくこのタイミングで守沢千秋と流星隊について蓮巳が調べ始めたことが、そこに繋がる因果となって行くことでしょうから。