苦悩の中新たなスタートを切り、大きな躍進を始めたIDOLiSH7のメンバーたち。
"好き"の感情がアイドルたちを苦しめるという、大先輩Re:vale 百からの助言。その言葉は実態を伴って、確実に彼らのすぐそばまで近付いてきています。
言葉の意味を理解できないままそれを受け止めた紡は、彼らにそれを還元することができるのか。彼らは"好き"という善意の攻撃を、どう解釈し受け入れて行くことになるのか。
その足掛かりが描かれた第5話第6話。
終始胸が痛む物語が展開された、波乱の内容を紐解いて参ります。
緩急ある演出の妙
第5話はシリアスとコメディの混合が実に見事な回でした。
同時進行する話の量が半端ではなく、緩急ある演出を駆使して滂沱な情報量をしっかりとまとめ上げています。
『アイナナ』は二期からさらに演出面が強化された印象があり、アニメとしての見やすさや展開のスピード感がより向上したような気がしますね。1期で積み上げたキャラクター性や関係性を活かして、1話1話の密度を確実に上げてくれています。
コメディ部分では、1期では「そういう設定がある」程度にしか感じることができなかったキャラの個性がかなり色濃く見えるようになりました。それを踏まえたやり取りも小気味よく、毎回彼らの新しいところが見られて満足度が高いです。
1期では全体ストーリーをしっかりと追って行くことがアニメの楽しみの中心にあり、キャラ1人1人をどう見るかは「1期総括」でも十分に可能なレベルだったという認識でした。2期はまた、ミリしらスタートなりに「見たいものが見れている」と感じています。
全体的に1期→2期の間でキャラの関係性が深まった印象もあり、全体的に距離感の近い会話が魅力的。そのせいか、アイドルたちが主人公である紡の存在を意識する描写も増えました。彼女をキャラとして可愛く見せようという意志も、1期より強まっているように感じます。
アニメにおいては扱いの難しいポジションにいると思いますが、5話では「タレントさんと特別な関係には、絶対になりません!」としっかり宣言してくれたのが好感度高い。この点「推せる」以外の感想がない。八乙女楽哀れ。そろそろなんで蕎麦屋をやっているか教えてくれよ。
男性目線ですが彼女も単純にキャラとして好みなので、女の子として活躍の幅を拡げつつ良い感じの距離感で動いてくれたら嬉しいなと思っています。少なくともお蕎麦屋さんの印象は、彼女のおかげで3段階ほどレベルアップしました。"そういうの"に期待しています。
突然の訪問者
陸の元にやってきたはTRIGGERの九条天。
先日のトラブルを考えれば、決してポジティブな理由だけでここに来たわけではないのは明白です。不穏な空気が漂います。
陸の体調を慮る彼は、ただの優しいお兄さんという感じ。陸と天の2人の会話は今までも何度かありましたが、プライベートな空気を匂わせるシーンは実は初めて。「昔は優しい兄だった」という情報の中でしか生きていなかった、七瀬天だった頃の名残をここで初めて感じることができました。
しかし彼はその優しさ故に陸に牙を剥きます。
彼が陸の元に来た理由は、やはりライブのアンコールと先日の収録で全力を出し切れなかったことに関係したものでした。ファンに全力で向き合うことにストイックすぎる天は、ミスを頻発する陸をアイドルとして認められないと言うのです。
客観的に見て天は決して間違ったことを言っていたわけではありません。むしろその論理は明確であまりにも正論。九条天はアイドルとしてファンを想い、ファンのために全力を尽くす。1人の仕事人として最上級の精神を持っていて、プロ意識において彼の右に出る者はいないと言っても良いほどの信念と矜持を持っています。
「僕たちの仕事は代わりがない。
代わりがいるなら、二流の証拠だ」
台詞の1つ1つに重みがあり、凄まじい説得力を持っている。この時の天の物言いは全てが「名言」でと言っても良い内容で、彼のキャラクターとしての魅力を一気に底上げするものばかり。このシーンで彼の存在に惹きつけられた人も数多いのではないでしょうか。
ただそれだけに目の前にいる人間の心には、全てが鋭すぎる刃となって襲い掛かる。
天がそれを善意で振りかざしたとしても、逆にそれを善意で振りかざすからこそ、それより弱い武器しか持たない者は反撃できない。防御手段を持たない者はただ漫然とその刃を心に突き立てられ、ボロボロに破壊し尽くされてしまうのです。
想いは正しく伝わらない
天が陸に直接この話をしに来たのは、彼が憎いからでも見損なっているからでもなく、純粋に陸のことを想っての行動でしょう。
彼は1期の時点から陸がアイドルになることに難色を示していましたが、「あんな奴がアイドルになるなんて…」という見下しのような発言や態度を出したことは一度もありません。
陸の身体や人間性、芸能界の厳しさを想って「きっと乗り越えられないから」という理由でその選択に反対します。ある意味、子どもが夢を追いかけることに反対する親のような対応で、陸の選択を否定しているのです。
彼は心の底から「陸のことを想って」行動し、それが最善策だと思って動いています。故に始末が悪い。過保護が過ぎると言うものだ。周りに傷付けられるくらいなら自分が傷付けてでも弟を守りたい。あまりにも行きすぎた愛がそこにはあります。
しかしここで大きな問題があることに気付きます。1期の終盤にて天は、自らの感情の動きを認めた上で「あえてドライに接していた」ということを認めています。つまり天は基本的に論理で動くのではなく、感情を律するために論理を振りかざすタイプの人間だということです。
彼のようなタイプは身内に甘い傾向があり、性根の優しさを消すことができません。天はそんな自分自身の特性にも自覚がありそうなので、陸のような愛すべき対象と話す前には「努めてドライに行かなければならない」と意気込んでいたのではないかと思われます。
論理でガチガチに固めないとボロが出てしまうから、とにかく用いる全ての論理性を駆使して自分の"本性"を覆い隠そうと努力する。それが九条天の選んだ陸との向き合い方だったと感じられます。
すると彼の言い方は、自分で想像しているよりもあまりにも"ドライすぎて"しまう。
そもそも九条天の持っている理想はあまりにも高すぎて、他のアイドルに「同じようにしろ」と言うのはあまりにも酷なものばかりです。彼にとって"普通"なことは、世間にとっては"異常"であるわけですが、その認識を天が持っているようには思えません。
「陸はこの仕事を全うできない。
アイドルは…辞めた方が良い」
それをただただ自分の感情を覆い隠して全力でぶつけてしまうと、相手の反発を招く結果だけが生まれます。一方的な論理だけを振りかざすだけでは、想いは正しく伝わらない。たとえそこに真なる想いが隠されていたとしても、です。
"七瀬陸"と"九条天"
天が陸に話した内容の中で、確実に悪手だったのが家族の話を持ち出したことでしょう。
「父さんたちが間違ってたから、
天にいは九条について行ったの?」
恐らく天は陸を1人の"アイドル"して認めているからこそ、2人にとって最も根源的な例として家族の話を持ち出したのだと思います。
一見すると滅茶苦茶ですが、僕はこれについて彼の中で「家族を想う気持ち」と「"親の店"が上手く行かなかった理由」は別の問題として捉えられているのではないかと解釈しています。
「じゃあ…結局見捨てたんじゃないか…!」
ですが、陸はそこの割り切りができるほど論理的に生きている人間ではありません。親の店の否定は家族の否定に他ならない。特に道半ばで去っていった天とその一部始終を見届けた陸では、見えているものもまるで違うでしょうから。
「家族が一番辛い時に…
天にいは俺たちを捨てたんじゃないか!!」
「アイドルとして」の話よりも、自分に向けられた話よりも、陸の心に引っかかったのはそこでした。
天は話の途中で「僕も最初は九条さんに反発した」と言っている以上、天が家を離れた理由と今のプロ意識を持つに至った経緯は厳密には異なっているはずです。
話の順列にズレが生じており、そこは冷静に聞いていれば違和感となって聞き手の心に残ります。天の中でそこがどう解釈されているかは分かりませんが、少なくとも何らかの感情の隔たりがあることは実感できるように思います。
でもその話だけは陸にとっては冷静には聞けない内容で。一連の話と横並びにしてこの話をしたことは、天のエゴによるミスとしか思えません。それで「陸、興奮したら駄目だ…」は、客観的に見てさすがにそれはないだろうと言わざるを得ない反応です。
「天にいはズルいよ…! 自分は家を捨ててアイドルになった癖に…俺には辞めろなんて…」
世の中は何だかんだ"正しく"生きている人に相応の成果が宿るもの。誰もが羨む立場や人生は、決して何もないところから降って湧くのではない。私情に流されず、ストイックに挑戦し続ける者だけがその栄光を掴むことができる。
そういう意味で九条天はあまりにも高潔で、成功者として立つ理由を多すぎるほどに保持しています。本当は嫌で嫌で仕方がない選択を迫られたり、後ろを振り向きたくなる時もあったでしょう。でもそれを乗り越えて、受け入れたからこそ彼は"九条天"としてそこに立っています。
「俺は…俺はずっと…」
それでも、多くの人は九条天のようにはなれない。
誰かは感情に流されて、誰かは自分に甘えて、誰かは身体の事情に阻まれて。多くの人は、何かの理由で"致し方なく"理想的な生き方から離れて行く運命にある。そしてそのレールから外れた者に、彼の正しさは決して理解されることはないのです。
「大人になって丈夫になったら…
天にいが"一緒に歌おう"って言ってくれると思ってた…」
いくら彼が大切に想っている弟でも、ライバルと認めたアイドルでも、"七瀬陸"は"九条天"ではありません。受け入れられないものは、どうしても存在します。その感情の波は七瀬陸を飲み込んで、今まで目の前の兄から聞いた話の全てに支離滅裂に想いをぶつけて行きます。
「でも天にいに俺は――」
憧れて憧れて、憧れ続けた兄。ようやく手が届きそうなところまで来たのに。彼から発せられた言葉は受容ではなく、拒絶だった。その上、同じくらい大切な家族のことまで否定されて。もう何にどう怒って良いかも分からない。
「――必要とされてなかったんだ…」
センターも交代になり、自己嫌悪でいっぱいっぱいだった陸にとって、この時の天の発言がどれだけ大きな心の傷に繋がったことか。そのダメージは、想像だにしないものだったに違いありません。
正論はいつ何時も正しいからこそ「正論」です。だからこそそれは、正しく在れなかった者の心を無慈悲に打ち砕いてしまう危険性を孕んでいます。"正しいこと"によって絶対の自信を持っている天は、きっとまだその事実を知りません。
「陸、そんなことはないよ…!
陸は忘れたことは一度も――」
一度発してしまった言葉は、もうなかったことにはできない。彼らの関係性に入った軋轢は、本心とは全く違う誤解によって生み出されたもの。それ故に、どこまでも当人同士の心を苦しめ続けるのです。
どうして陸は話を聞いてくれないんだろう。
どうして天にいはあんなことを言ったんだろう。
考えても答えの出ない自問自答を続け、自分の想像の外にある感情に振り回されながら、想い合う双子は道を分かちました。
「アイドルとして…僕は君を認めない」
「天にいなんか…大嫌いだ」
彼らはまだまだ成長途中。
きっといつかどこかで分かり合える。
その可能性に気持ちを向けながら、今はこの悲痛なすれ違いを受け入れて行こうと思います。