13の冬
震える首筋を… 包み込む温もり…
私はあと何度… この寒さに堪えられる?
CDの2曲目を飾るのは、満を持して登場したミカサ・アッカーマンのキャラクターソングとも言うべき楽曲。アルバム『進撃の軌跡』以来となる、1人のキャラクターの人生を切り取って描いた曲になっています。
『進撃の軌跡』でフィーチャーされたキャラクター達は、全てが「原作の展開からリタイアした女性」でした(アニのみ生存中)このため、音楽的にもキャラの終幕や到達点を意識した形になっているものが多かったと言えます。
「13の冬」は、現在では唯一の現在進行形で活躍し、成長しているキャラの根底を描いた曲です。特にミカサは『進撃』の始まりからここまでの展開で、様々な理不尽を目の当たりにしながらも根源的な想いの変質がほぼ見られない数少ないキャラの1人ですので、それらを意識した曲創りがされていると感じています。
(※活躍中という点では、作品テーマと主人公のエレンの初期感情を同時に描いた「もしこの壁の中が一軒の家だとしたら」という楽曲があるものの、原作展開的にこの曲も歪み切ってしまっている。悲しい)
自分の意思に反した感情の動き、そこから来る価値観の強制的な変化や、命の終わりが描かれる作品の中で「変わらないまま積み重ねられている」ということは、それだけで強い意志を象徴するものです。
兵士としてのミカサ・アッカーマンは強すぎるほどに強い。けれどその彼女の強さを支えるのは、ごく普通の少女としての弱さであるというのが、『進撃』であまりにも皮肉が効いている部分の1つです。「13の冬」はその彼女の内面の機微を描くことに全てを注いだ楽曲です。
個人的な感覚では「(好き嫌いを度外視して)音楽的に凄まじいと感じられる楽曲はどちらか?」と問われた場合に多く名前が挙がるのは、この「13の冬」の方ではないかと考えています。それくらいこの楽曲は凄かった。
ショートPVの時点では「Sound HorizonのRevo」が得意とするシンフォニックバラードの形態であり、"いつもの"感(安定感)は拭えない印象でした。ただそもそもこういった楽曲が聴けること自体が本当に久々だったので、こっちのRevoが好きな人にとっては待ちに待った曲とも言えました。
それでもFULL音源の展開の巧みさには唸らせられてしまった。それくらいこの曲は「凄い」と感じさせてきたのです。それが今までに感じたことがないものだったこともあり、この楽曲を凄いと思わせるものの正体を分析するのに少し時間がかかってしまいました。
その「13の冬」について、僕が感じ取った凄さの理由を書いて行きたいと思います。
弱い"楽曲" 強い"音楽"
僕が感じるに、この曲は過去にRevoが創ってきた同系統の音楽の中で最高音圧です。
今を生きているミカサの強さを描くのだから、他のキャラとは違った強い音が必要とされると判断されたのでしょう。それを確実に伝わる形で持ってきてくれました。
とにかく音のバランスが絶妙。
これだけ多くの楽器と音を活用しているにも関わらず、音がバラけている印象もごちゃごちゃになることもなく、全ての音が1つの楽曲として強くクリアに耳に届いてくるのです。
ロック系統の曲で音圧を増していくことは、楽器の数や音の配分を増やすことで単純に実現することもできるはずです(もちろん、それを全て使いこなせること自体が半端な才能ではない)極論「○○ロック」という形態を取ればどんな楽器でも使って行けます。
ですが、シンフォニックバラードで同様のことをするのはより難しい。テイストを維持するためにはできることと使える楽器に限りがありますから、音楽表現として(我々一般人が分かるレベルのものには)限界があるのです。ひたすらテクニカルな細かさを突き詰めることでしか実現できない領域があります。
にも関わらず、ここまで来て「今まで感じたことがない強さ」を体現してくることには本当に脱帽。帽子どころか髪の毛まで抜けそう。Revoは常に"いつもの"を更新してくる音楽家ですが、正直に言って「このテイストの楽曲でここまで分かりやすく"進化"を感じさせてくるとは…」という気持ちです。
楽曲としての緩急や強弱は確かに存在しているのに、曲全体に圧倒的な強さがあって、感じられる最大音圧は過去最高。この曲を包んでいるオーラのようなものの正体は何だろうと、発売してからずっと考えています。
決して彼女の弱さを表現していないわけではないのです。それどころか、どう聴いても楽曲のメロディや展開、ボーカルの歌唱、歌詞は彼女の弱さや儚さを歌っているものです。
にも関わらず、この楽曲から感じられる"音楽"だけはとにかく最後まで一貫して"強い"。
独白のように語られる彼女の本音(※Revo解釈)を、彼女が決して捨てられない意志の強さによって彩っていく。漫画の天才ではなく音楽の天才であるRevoだからできる物語的なアプローチがこの曲の真髄です。物語音楽というジャンルの先駆者である彼の積み重ねが実現した楽曲とも言えます。
その中で僕が今回、具体的に強く感じた部分が1つあります。
SEを楽器として利用している
Sound Horizonから物語を表現する上で、音楽にSEを散りばめる手法を得意としているRevo。
「13の冬」は、このSEと音楽をさらに高次元で融合させることに挑戦した楽曲だと感じました。
過去の『進撃』の曲と比較して聴いて頂くと分かりやすいのですが、この曲は分かるように耳に届いてくるSEの数がとにかく多いです。SEが鳴っていない部分を探す方が難しいレベルでしょう。
サンホラの方では、物語を表現するために語り(台詞)を入れたりそのためのSEを入れたりと「音楽とは関係ないSEを鳴らし、それを音楽と親和させる」という楽曲創りをしてきています。
一方リンホラでは、歌詞の印象を補完したいところと、物語を感じさせたいところで『進撃』を思わせるSEを入れるというのが基本的な使い方。音楽を重視しているリンホラでは、サンホラに比べて耳に入ってくる総量は控えめといった感じです。
ですが、この曲はサンホラの楽曲と比べても主張してくるSE(と思わしき楽器)の数が多い。しかも歌詞や物語に直接関わる音ではなく、ミカサの心情を補完するようなSEが細かく散りばめられているのです。SEが楽曲の根幹を支えていると言っても過言ではない創りです。
これが「13の冬」が過去最高の音圧を実現している理由の1つであると考えられます。
楽曲的に強いところの強さをより明確にするSEはもちろん、弱いところが弱くなりすぎないように、"強さ"を感じさせるSEが的確に音楽を補完していて、全体のイメージが儚くなりすぎないように彩っている。
これによって、楽曲で彼女の弱いところを完璧にフィーチャーしながら、音楽を弱くしないことに成功していると思います。「13の冬」は、言わば「SEを100%楽器として利用すること」に挑戦した楽曲ではないかと僕は感じました。
これだけ音の強弱をつけると、本来ならヘッドホンやスピーカーで聴く音源としては変化が激しすぎて耳馴染みが悪くなってしまうと思いますし、CD音源で展開する音楽としては今までのRevoの楽曲でも十分に限界点にあったと言えました。
そこから更にSEを巧みに操って音楽の強弱のバランスを調整することで、楽曲的な展開を崩すことなく全体の圧力を1つ上のグレードに押し上げました。SEを利用した楽曲創りを積み重ねてきたRevoが集中して挑んだ、新しい音楽の体現方法を垣間見えるのが「13の冬」という楽曲です。
1つ1つの楽器の響き、鳴っているSEの響きや種類、その差し入れ方の全てに着目(着耳)しながら聴くことで、この曲の凄さをより高いレベルで感じることができると思います。
それを踏まえて曲全体、そしてミカサ・アッカーマンの声優にして、ボーカルに起用された石川由依さんの力強くも儚い表現力を堪能してみてください。その全てが「13の冬」という1つの楽曲に集約する様を感じることができるはずです。
其処に"彼女"の≪物語≫は在ります。
ただ傍にいる… それだけでいい…
他には何も要らないというのに…
ささやかな望みは… 赦されざる《自我》なのか?
――それとも……
余談:ヘッドホンで変わる感じ方の違い
今回僕が書いた記事についてですが、既にこのCDを聴いている方で「言っていることがよく分からない」「SEがどう入ってるのか感じ取れない」という方は音質の良いヘッドホンで聴取することを断然オススメしたいです。前回「憧憬と屍の道」の記事を書いた際に頂いた感想の感想の中で、それによる感じ方の違いを思わせるものが幾つかありました。
良いヘッドホンで聴くと誇張抜きで聞こえる音の数や音楽的こだわりの感じ方が変わります。Revoの楽曲に限った話ではないですが、彼の音楽では「1つ1つの音が分解して聴ける」というのは特に重要だと思っています。
ちなみに質の良いヘッドホンは音量を絞ると主旋律など一部の強調された音だけが綺麗に残るので、SEの聴き取りには滅茶苦茶オススメです。サンホラの場合は語りも比較的綺麗に残ることが多く、もっとオススメできます。音を大きくするのではなく、絞った方が聴けるって凄いですよね。
僕がRevoにどっぷり行く原因の1つには、間違いなく今のヘッドホンで音楽を楽しむようになったことが挙げられます。AKGのK272HDという相場で2万~3万のヘッドホンを愛用して9年ほど経ちますが、日割りで計算すると1日10円の出費で良いヘッドホンを使えてます。持ち運ばなければ簡単には壊れたり断線したりしません。
(※僕はPCとヘッドホンの間にオーディオインターフェースという外部機器を噛ませて、可能な限りノイズレスの状態で聴いています)
ヘッドホンは1万円出せば、庶民感覚ではそこそこ世界が変わるレベルの音のものが買えます。購入に躊躇いがある方は最寄りのヘッドホン専門店を検索して、そこでとりあえず試聴しまくってください。欲しくなると思います。ちなみにK272HDは探せば2万を切る価格で買えます。おい、なんだこの項は。
年月が経つほどに音楽の技術力は進歩し、それに合わせて音楽家の技術も向上して行きます。Revoはその最先端にいる者の1人なのは間違いありません。彼の音楽を隅から隅まで楽しみたい方はお財布の許す範囲で、クオリティの高い再生環境を整えておけると楽しみが拡がります。
多分、本当に世界が変わります。
逆に良いヘッドホンを持っている方は、是非Revoの音楽を聴いてみてほしいですね。「良い再生環境を整えて良かったな」と思える音楽だと思いますので。
おわりに
今回も濃密に書かせて頂きました。
別作品の感想を書く際にエモい文章を書く技術を相当磨いた(と思っている)ので、今回はそれをさらに反映させて書いてみました。楽しんで頂けましたら幸いです。
『真実への進撃』は『進撃』×リンホラの集大成的なCDでありながら、2曲共に今までにないアプローチが施された挑戦的なCDでもあります。特に「憧憬と屍の道」については、ここまで『進撃の巨人』という作品とLinked Horizonを追いかけてきた人達はきっと感じ取ってくれるだろう、というファンへの信頼を感じる一曲です。
『進撃の巨人』のファンの方はもちろんのこと、往年のRevoファンにも是非手に取って頂きたい一枚。このCDはリンホラの中で最もSound Horizonの楽曲に近い色を感じることができるとも思うからです。
物語を音楽で語ることを一番に考えたのがSound Horizonなら、音楽で物語を語ることを一番に考えたのがLinked Horizon。しかしその本質はどちらも音楽と物語を融合させることにある。その中で2つの違いをどう表現し、複合し、進化させるのか。その意志を更に高いレベルで響かせてくれる内容です。
ファンとしては「ここに至ったRevoのSound Horizonが本当に見たい…!」と思ってしまいすらするCD。次のサンホラが音楽的により素晴らしいものに仕上がっているとしたら、そこに至った階段の1つとして必ず「真実への進撃」は欠かせないものになると言えます。
このCDはRevoの1つの到達点としても、彼が更なる進化をする通過点としても、是非とも押さえておきましょう!
どこまで行っても、進化を止めないというRevoという音楽家を、僕はリスペクトして止みません。まだこのCDを聴いていない方は、是非「真実への進撃」で最高の音楽体験をしてみてください。Revoは、彼らが「13の冬を巡り 燃え尽きる」までの軌跡の全てを歌にしてくれると思いますので。
お読み頂きありがとうございました。