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『MIU404』分析&感想 第7話 惑う者たち「現在地」から未来へ

2020年8月14日

陣馬耕平の生き様

その裏で繰り広げられていたもう1つの物語。

機捜401の陣馬耕平は、息子の結婚に際する両家顔合わせに出席する予定でした。家庭を省みずに仕事一筋35年で生きてきた彼は、顔合わせに出席すること自体が家族から「雪降るんじゃね?」と評されてしまうほどです。

その彼が常に携帯していた警察手帳を(迷いながらも)家に置いて、今日ばかりはと息子と家族のために集中する構えを見せました。

ですがこの物語ではそうは問屋が卸してくれません。道中で指名手配犯――相棒を殺害して錯乱した大熊を発見してしまい、警察官としての行動を優先してしまいます。

陣馬も通常の職務の範疇、ありふれた犯罪であれば「今日ばかりは」目を瞑るつもりだったのでしょう。しかし目の前に現れたのは10年以上逃走を続ける指名手配犯です。

この機会を逃せば、もう逮捕するチャンスはないかもしれない。もっと多くの人が危険に晒されるかもしれない。それが分かっていて見過ごせる彼ではありませんでした。

結果として彼はここでも家族より仕事を優先してしまい、家族の怒りを買うことに。幾度となく繰り返されてきた同様の行いには、家族もほとほと呆れ果ててしまっているようでした。まして、自分の息子の婚約者とその家族と会う最も大事な時間をふいにしたわけですから。

指名手配犯を逮捕するチャンスは二度と来ないかもしれませんが、身内の人生のターニングポイントは確定的に二度と訪れません。「仕事と家族どちらを優先すべきなのか」などの愚問に挑む必要はないとは言え、捨て置いた方には必ず禍根が残るのもまた事実です。

すれ違う関係 引き合わせる者

家族にとっての陣馬耕平は替えの利かない家族、唯一無二の存在です。だからこそ「自分たちを優先してほしい」と思うのは真っ当ですし、その気持ちを消し去ることはできません。

そして家族は意外と、父親の仕事内容の詳細を把握してはいないものです。陣馬のようなタイプは家で仕事の話をしないでしょうし、警察官ともなれば話すせないことも多いはず。余計に家族に正確な情報は伝わっていないでしょう。

故に家族内での陣馬耕平の評価は芳しいものになりません。それは昭和時代から繰り返されてきた、典型的な悪しき日本の家族像そのものです。

どれだけ仕事を頑張っても、仕事を頑張っているからこそ家族からの評価は下がっていく。もちろん根元では信頼と尊敬を勝ち取っている可能性はあるものの、それとて「運が良ければ」という評価軸に依存しています。

陣馬の場合、一番必要なところで仕事を選んでしまいましたから、後から軽蔑の眼差しを向けられることは必定でした。頑張っているのに報われない。本当は一番評価してほしい人から評価されない。成果を上げている以上は、これで良いんだと諦める他ない。働く者の悲哀が象徴されています。

ですが、そうやってコミュニケーションを避けるから、関係は発展せず問題も解決しないのです。ちゃんと話せば分かってくれる人もいて、尋ねれば答えてくれる人もいます。

往々にして人はそれにきちんと挑む前に諦めてしまいます。その相互努力を放棄し続けて招く不幸は時に"悪"を吸い寄せて、取り返しのつかない問題さえ引き起こすでしょう。

現に陣馬の息子 鉄は父親からの愛を感じられずグレてしまって、道を踏み外しかねなかった時期があったようです。それを埋めてくれる出会いや出来事があって、彼は幸せな結婚へと至りました。

当事者では解決できなかった問題を打開できるとしたら、やはり無関係の第三者の介入なのかもしれません。

ならば、この時の陣馬にもその"第三者"が必要だったと言って良い。その存在が、彼の「現在地」からの明暗を分けることに繋がります。

たった一瞬のこのきらめき

大熊を捕まえて警察官として最高の働きを見せた陣馬は、この時も家族とのコミュニケーションを避けることを選ぼうとしていました。

どうせ分かってもらえない。だから諦めて今回のこともなかったことにする。いつもはそうなのだから、いつも通りにしていればいい。

そんな逃げ腰の彼に「無理」を強いたのは、同じ4機捜の仲間である志摩と伊吹なのでした。

絶対に行けと発破をかけて、無理矢理にでも行かせる。そんな存在に恵まれたからこそ、彼は光ある一歩を踏み出すことができました。そして、それは彼が一生懸命に仕事に臨んできた故に得られた関係でもありました。

仲間たちに助けられて、意を決して向かった食事会の席。彼を出迎えたのは、痛いほどに突き刺さる沈黙でした。

「あのー私は刑事を35年やってきまして」

一同に介した両家の前で、陣馬は自分のしでかした"罪"と向き合います。言い訳もせず、逃げることもせず、ただ自分のすべきことを全うしようと言葉を紡ぎます。

「父としても20うん年あったはずなんですが…何にもしなくて…」

彼は決して家族を省みていなかったのではないと思います。家族における自分の役割を理解して全うしようとしていただけでした。

でもそれがどうにも上手く行かないところもある。物事は常に理想通りには行かず、失敗と反省がセットでついてきます。特に人を育てるという事柄においては、「反省したところで今更取り返しがつかない」と思えてしまうことにも無数に出会うでしょう。

「鉄は俺と違って、家のことも家族のこともよーく考えられる男で」

それでも何故だか子は育つ。
親の知らないところで親の知らないものを積み上げて、自分とは全く異なった価値観を持つ1人の人間へと成長します。

それをもって「さすがは俺の息子だ」などと一笑に付してしまえば簡単で。そんな親が世の中にどれだけの数いることでしょう。

「それを俺が教えたんじゃないんです」

けれど陣馬耕平はそうしない。

「こいつが悩んで迷って、自分の頭で考えて勝ち取った特性だと思うんです」

自分が絡んでいないところで手に入れたものは、たとえ血の繋がった親子であろうと個人が培ったものであると。「陣馬鉄の人生は彼自身が積み上げたものである」と真正面から主張します。

「俺はそんな息子が――」

だから彼の言葉は力強く温かい。
その場にいる誰もが「この父親に"育てられた"人間が悪い人間なはずがない」そう感じるに違いないと思うほどに。

「――息子を誇りに思っております」

あの場のあの空気で息子を1人の人間として対等に扱い、リスペクトする。

それができる父親がいるという事実に陣馬鉄がどれだけ勇気付けられて、周りの家族が頼もしく思ったことか分かりません。

「鉄をどうぞ、よろしくお願い致します」

たった一瞬のこのきらめきが、人の人生の在り様を180度転換させることもある。

そんな正の可能性を感じさせてくれる漢・陣馬耕平の挨拶に、多くの人が感動したのは間違いないはずです。

正しき者に酬いを

陣馬の挨拶は、彼の予想に反して両家の面々に強く好意的に受け止めてもらうことができました。

それは同日に父親を含む警察の上層部とのゴルフに付き合わされていた彼のバディ、九重世人による言伝のおかげでした。

「間違いも失敗も言えるようになれ。パーンって開けっ広げによぉ。最初から裸だったら何だってできるよ」

6話で陣馬が九重にかけたこの言葉が、彼らの関係性を大きく進展させました。陣馬は新人に対してもそういった大らかな対応ができる、紛れもなく「良い年長者」だったのです。

奇しくもその言葉がプライベートの陣馬耕平に返ってきているようで、その言葉を受け止めた九重が彼の窮地を救うために動いたというのがまた大変に気持ちが良い一幕です。

また今回、九重自身も父親に「どうして自分を機捜に入れたのか」という極めて聞きづらい質問をぶつけています。その答えは意外にもラフなテンションで返ってきた上に、内容も「俺が入りたかったから」という力が抜けるようなものでした。

その父親の想いと「話せばわかり合えることもある」という実感が功を奏したのか、ただただバディであり良き先輩である陣馬の力になりたかったのか。九重はその日着て行くスーツの仕立ても含めて、とにかく陣馬の力になろうと奮闘していました。

そして志摩や伊吹と同じく九重の助力もまた、陣馬が警察官として陰日向なく働き続けてきた結果得られた成果に他なりません。

仕事によって失われた家族の信頼を取り戻すきっかけをくれたのは、陣馬耕平が仕事に邁進してきたことで得た仲間たちのサポートでした。

その努力の1つ1つが巡り巡って、ちゃんと正しき道を照らし出す。人間関係における1つの理想像がしっかりと紡ぎ上げられて、大変に爽快な物語がここに実を結びました。

与えられた自由の中で道を踏み外したものに報いが与えられるなら、その自由の中で正道を行くものにもまた酬いがあっても良い。

全ての登場人物が「現在地」から新たな一歩を踏み出して、『MIU404』の物語はさらなる局面を迎えようとしています。

おわりに

第7話は本当に緻密な関係性によって成立した珠玉の1回。

テーマで物語が創られたのはなく、物語がテーマを創ったとも言うべき完成度は、その点において他の追随を許していないでしょう。

どの関係性がどう作用し、どのように1つの物語と相成ったのか。その分析を行うには、できるだけ全てをつまびらかにするしかありませんでした。

結果としてこの記事は10,000字を超える大作記事になってしまいましたが、ここまで読んでくださった方の解釈の手助けになる内容でしたら嬉しく思います。

そしてこの7話で展開された物語は、実はこれだけではありませんでした。

終盤で展開された菅田将暉演じる久住や3話のキーマンとなった成川岳、仕掛けられた盗聴器や特派員RECの存在など、潜んでいた伏線が細やかにちりばめられて鳴動を開始したのです。

それについてはきっと8話以降で語ることがあるでしょう。今後とも苛烈を極める物語をガンガン楽しんで行こうと思います。よろしければこのブログのこともよろしくお願い致します。

それではまた次回の記事で。
お読み頂きありがとうございました。

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はつ

『超感想エンタミア』運営者。男性。二次元イケメンを好み、男性が活躍する作品を楽しむことが多い。言語化・解説の分かりやすさが評価を受け、現在はYouTubeをメインに様々な活動を行っている。

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